みかんば+本科(姿は出てきません)のSSです。





山姥切の本科が顕現できるようになる。その噂がまことしやかに出回った時、本丸の全員が複雑な面持ちになった。複雑どころの騒ぎではない刀も居た。山姥切国広だ。顔は青ざめ、自分の刀を前に抱え身を縮こまらせている。見ていて可哀想に思うほどだ。
あくまで噂だから、と周囲の刀は慰めたが、山姥切の耳にはすでに届いていないようだ。
「アイツがこの本丸に来たら……俺は……また比べられるんだ……どうせ写しだとか言われるんだ……」
この本丸の刀全員は、山姥切が出自を気にしている事を知っている。特に知っているのは三日月宗近だ。なんせ恋仲になって欲しいと持ち掛けた時「俺は写しだからアンタのような名刀とは違う」と、それを理由に散々拒否され続けて来たのだ。三日月からすれば出自など些細な事だが、それを言うと「アンタのような名刀には分からない」と更に一刀両断されてしまう。
長い年月をかけてようやく、山姥切が小さく「……俺で、いいのか」と言ったのはつい最近の話だ。三日月と山姥切は、それからささやかながら穏やかな時間を過ごしていた。
なのにここに来て、事を荒立てるようなこの噂だ。三日月もあまりいい気分ではなかった。
縁側に座り込んで柱に寄りかかり、ぶつぶつと低く呟いている山姥切の背中を見とめて、三日月は、はぁと息を吐いて声をかける。
「山姥切や。まだ確実ではないと皆も言っておったではないか。心配するにはちと早いのではないか?」
腰を屈ませると頭を傾け、山姥切の顔を見ようとする。しかし急に袖を強く引っ張られ、体勢を崩し床板に盛大に尻餅をついてしまった。
「うッ、急になん……」
「本科が来たら俺はどうすればいい、三日月」
普段滅多に目線を合わさない山姥切が、三日月を押し倒す勢いでのし掛かり、翡翠の瞳を向けてくる。その瞳は不安と動揺で揺らめいていた。三日月は少し驚きはしたが、すぐにいつもの温厚な笑みを浮かべ、山姥切の背中を優しく叩いた。
「なあに、本科が来てもおぬしはおぬしだ。何も変わらんさ」
「どうしてそんな事が言える?アイツはきっと、この本丸で俺なんかが隊長をやっている事を、せせら笑うに決まっているんだ……!」
よっぽど不安な気持ちが募っているのか、三日月の腕にぎゅっとしがみ付いて離れない。明るい昼間の時間、皆からも見られる可能性のある縁側、そんな条件でこんなに密着されたのは初めてだった。沈んで行く山姥切とは反比例して、三日月はなんだか機嫌がよくなって来てしまう。
「はっはっは。おぬしは本科の記憶があるのか?ほとんど無いと言っておったではないか。本科の性格も、おぬしが生み出した虚像に過ぎぬかもしれんぞ?」
山姥切は肩に寄せていた頬を離すと、三日月を見上げた。
「実際は性格がいいかもしれないと……?」
「うん、まぁ、そうだな。そう言う可能性もあるだろう」
「そんな」
なぜか山姥切は、それこそショックだと言うように眉を寄せる。
「俺と外見が似ているんだぞ?それで俺なんかより性格がいいなら、アンタは本科を好きになるに決まっている……!」
三日月は正直な所、吹き出してしまいそうになったのを、寸での所でなんとか堪えた。どんな理屈だ。そして妬きもちか。俺の恋刀がこんなに可愛い、と頭の中でたくさんの突っ込みを入れた後、ようやく冷静になった。
「まったく、おぬしは戦場だと強気であるのに。普段の自分に少しわけてやらんか」
「無茶を言うな」
ぷい、と山姥切はそっぽを向いた。戦場での山姥切は、誰よりも速く強かった。そして周囲の刀に指示を出す事も、堂々とやってのけていた。残党の処理を三日月に任せる時は、顎でお前が行けと指図するほどの気の強さである。
その山姥切が、心もとない表情で腕にしがみ付いて来る。滅多にない事だから、三日月は少しばかり本科に感謝をした。
「三日月……」
「なんだ?」
「本当にもし、本科が来たら……」
神妙な面持ちで言い出すものだから、三日月は固唾を呑んで次の言葉を待った。
「三日月の部屋に移っていいか?俺と同室にされるのだけは、絶対に嫌だから……」

山姥切の不安に思う気持ちが可哀想だから、本科の事は噂であって欲しい。
しかしここまで頼ってくる山姥切をずっと見ていたいから、本科に来て欲しい。
噂が誤報だと判明されるまでの間、その二つの思いの間で、天下五剣はしばらく悩んでいたのだった。





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