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小説表紙


この本丸はある時期になると刀達が集まり、催し物を行うと言う、特殊な本丸だ。
名を舞台本丸と言い、刀達は普段それぞれのあるべく本丸に所属し、通常通りの出陣や内番を行っている。
年に四回、季節の初めの時期になると呼び寄せられ、一ヶ月ほど舞台本丸で過ごすのだ。
近年は審神者の高齢化が進み、もっと若者を審神者に定着させるために、政府が打ち出した案が、現代で流行している舞台を刀剣男子達に演じてもらい、興味を持ってもらおうと言うものだった。
狙いは大成功と言った所で、初演から想定を超える応募数があった。それから定期的にこのイベントは開催されることになり、選ばれた刀剣男子達は、この本丸に集合する。
最初はなぜ自分が、と文句を言うものもいたのだが、回数を重ねる内に結束力が強くなり、すでに三年目に突入するこの本丸に、いまや文句や不満を言うものは居ない。
文句や不満を言っていたら、舞台など成功させられないと、一丸となって取り組んでいるのだ。


そして今は冬の初め。まだ寒さを感じ始めたばかりで、羽織ものが一枚あれば凌げる気温だ。
山姥切は数ヶ月ぶりに呼び寄せられ、再びこの舞台本丸に降り立った。
着いて初日は顔合わせだ。知っている者がほとんどだったが、新たに仲間になった者も居る。進行役の審神者に台本を手渡され、それぞれが目を通し、明日からの練習のための意見を言い合った。
その打ち合わせが終了したのはまだ日も明るい内だったが、この日はこれで解散となった。山姥切は一度自分へ割り当てられた部屋へ戻り、荷物の確認をしようと廊下を歩いていた。

「山姥切」

背後から声が掛かった。優しい声音だ。山姥切が振り向くと、呼びかけた本人は顔をほころばせ近づいて来る。
「久しいな。元気にやっていたか」
「ああ。アンタも元気そうで何よりだ」
舞台の内容は初演から今まで、山姥切と三日月の二人がメインで行う事が多く、自然と三日月と山姥切の距離感も縮まっていた。
「台本に目を通したか?」
「ああ。今回は少し複雑な物語だったな。上手く立ち回れるといいんだが・・・」
「今までとは違う趣向であったな。俺も少々心配な所があったのだが、夕餉の後にでも読み合わせをせぬか?」
「分かった。アンタの部屋に行こう」

三日月は山姥切の背中を見送ると、自分はまだ皆が居るであろう大広間へと戻って行った。すると三日月を見かけて鶴丸が話しかけてくる。
「おっ、戻ってきたか。山姥切への存在主張はそんなに短くていいのかい?」
大きな座卓を取り囲むようにして、刀剣男子たちが座っている。それぞれが雑談をしていて、ざわざわとしているため、鶴丸の声は他の者には届いていないだろう。三日月は隣に座りながら、一つ息を吐き出した。
「何を言うか。舞台でも絡みの多い山姥切に挨拶をするのは当然だろう」
「そう言うの、気に掛けてるって言うんだぜ」
肘でつつかれた三日月は、口角をほんのりと上げて、人のいい笑みを浮かべる。
「俺は山姥切だけでなく、この本丸のみなを気に掛けておるぞ。座長でもあるからな」
その言葉に嘘偽りはなく、鶴丸もそれ以上踏み込むような事はしなかった。
「まぁ、そうだな。この本丸にとっても二人が仲がいいことは良い事だ!さあ三日月、夕餉まで時間はある。酒でも酌み交わそう」
「うむ」
そう言って鶴丸と三日月は、再会を祝う酒を楽しんだ。
そして夕餉の時間になり、食事を取って風呂を済ませると、山姥切が頃合を見計らっていたようで、ちょうどいい時間に三日月の部屋を訪れた。

「三日月。俺だ。入ってもいいか」
「構わぬよ」

障子がスッと開けられる。寝巻きの水色の浴衣、紺色の帯に、頭からは白い布が掛けられている。そして手には台本が握られていた。
用意されていた座布団に座ると、山姥切はすぐに台本を開き、読み合わせを始めようとする。その生真面目さが好ましくて、三日月は思わず微笑みが零れた。
本当はこの離れていた数ヶ月の話に、どんな生活をしていたのか、聞きたい気持ちはあったし、単に雑談を交わしたいと思うのだが、山姥切はいかに舞台をよくするかしか頭になかった。そんな彼をいつから懸想していたのか、三日月は自分でも分からない。
実際の所、これが恋心なのかもよく分かっていなかった。ただ真面目な姿を好ましく思っていて、導いてやりたいし応援してやりたい。そう感じている事は確かだった。
二人は台本を開き、読み合わせを始めた。

『これは俺が写しだから・・・』
『はっはっは』
「ん?合間に入れるか?」
「いや、被せる感じで行こうかと」
「なるほどな、分かった」

短いやり取りでも相手の意向が分かる。元は同じ本丸ではないが、一緒に過ごす時間が濃密なため、相手の考えることが分かるようになってくる。
「ここはおぬしがもう少し、間を取ってもいいのかもなあ」
三日月が台本を見ながら呟く。すると山姥切が身を乗り出してきて「どこだ?」と言いながら、肩同士をぴたりとくっ付けた。これに思わぬ動揺をしてしまった。動揺するとも思っていなかった。今まで大風呂で一緒に入っていた事もあるし、体の一部が触れるなど演技上でもよくある事だ。しかし部屋に二人だけ、周囲の喧騒は聞こえず、風呂上りの山姥切と触れ合っている、と言うこの事実は、十分に三日月の心を動かした。
「・・・三日月?」
なかなか返事がかえって来なかったので、顔を見上げた。三日月はすぐさま、瞳を細め笑みを浮かべる。これは演技でよく使っている表情だ。
「ああ、すまぬな。ちと考え事をしていた。先ほど言ってたのはここのセリフの事で・・・」
「そうか。確かに間があるほうが、意味深に感じるかもしれない」
ふっと肩から体温が抜ける。三日月は心から安堵した。
「三日月は・・・やはり飲み込みが早いな。みな同じ開始だったと言うのに、この本丸でもアンタだけ抜きん出てる」
突然の賞賛に、三日月は瞳を何度か瞬きさせる。
「やあ嬉しいことを言ってくれる。しかしな、俺は元の本丸の主が能を好きだった影響を、僅かにでも受けているんではないかと思うんだ。努力はみな同じだ。誰かだけが抜きん出ているなんて事はないさ」
「そう・・・だな。言葉選びが悪かったが、単純にアンタの事を尊敬しているんだ。今回の公演も絶対に成功させたい。よろしく頼む」
そう言って山姥切は、右手を広げて差し出して来た。こんなに純粋な気持ちに、ほんの一滴でも不純を混ぜられようはずもない。
三日月は気を改めて自身も手を差し出すと「必ず成功させよう、誰一人欠けることなく」と言い、かたく握手を交わした。




翌日から早速通し稽古となった。台本を持ちながら、自分の立ち居位置、出てくる場所など、確認しながらの通しなので、かなりの時間がかかる。
その後に改善点を書き出し、もう一度位置を変えやってみるなどしていると、早朝から始めた稽古はあっと言う間に夜になった。夕餉の席はいつも大きな机をいくつか並べ一つにして、向かい合って食べる。その方が仲間と意思疎通が図れるからだ。今回の台本についての話題で花を咲かせていると、燭台切がそう言えばと切り出した。
「政府の人たちが、こう言う舞台本丸みたいなのを、増やしたいって言ってたらしいよ。もしかしたら第二の舞台本丸、出来ちゃうかもね」
その言葉にみんながわっと沸いた。
「そりゃいいね!面白くなってきたじゃねぇか~!こっちだって派手さは負けないぜっ!」
「そうだね、貞ちゃん。僕たちもかっこよく決めないとね!」
おおむね歓迎の言葉で騒がれる中、山姥切がぼそりと呟く。
「第二の舞台本丸か・・・」
「おや、近侍殿は何か心配ごとがおありかな?」
「やめろ。この本丸には近侍は居ないだろう」
舞台上の役柄で冗談を交えて三日月が問うと、山姥切が生真面目に返してくる。
「いや、俺たちは俺たちのすべき事を成すだけだ。ただ・・・」
「うん?」
「例えいくつもの舞台本丸ができたとしても、絶対にどの本丸にも負けない。そう決意しただけだ」
「はっはっは。おぬしらしいな」
そんなに負けん気が強いのは、元の本丸でもそうなのか?と、思った事は、なぜか聞けなかった。これ以上山姥切を知ってしまうと、想いがあふれてしまうような気がしたからだ。


稽古は順調に進んだ。裏方の役は審神者の見習いが手伝ってくれて、転換場面や衣装がえなど、一つずつ着実に形になっていった。
そして本番まであと数日と言う頃、すべてを本番と見立てた稽古が行われる事になった。なので普段練習している部屋から、本番で使う舞台に場所を移動する。
観客席には、二十名あまりの関係者が座っていた。そで口から見ていた刀達は、ひそひそと話をしていた。
「ちょっと今回関係者の人数多いんじゃないか?いつもはせいぜい五人だろう」
「なんでも新しくできる舞台本丸の関係者らしいよ。気を引き締めなきゃね」
頷き合って、定位置に戻った。開始の合図が鳴って、幕が開く。刀達は光の中へ飛び出した。


そして二時間半にも及ぶ演目が終わり、カーテンコールが始まる。力強い音楽と上から舞い落ちる桜吹雪、そしてたったの二十名とは思えぬほどの鳴り響いた盛大な拍手の中、本番さながらの通し稽古は幕を閉じた。


会場から舞台本丸は同じ敷地内で徒歩五分だが、道中全員興奮冷めやらぬと言った所で、わいわいと騒ぎながら歩いていた。布の姿を目に留めた三日月は少し歩を早めて追いつき、隣に並ぶ。
「上手く行ってよかったな」
そう声をかけると、山姥切は滅多に見せない、やわらかい表情を浮かべる。
「ああ、準備は万全だ。この調子で本番も臨みたい」
「そうだな」
そんなやり取りをしていると、いつの間に待っていたのか、目前に政府の関係者と思われる人間が、数名立っていた。どうやら刀剣男子たちを労うために待っていたようで、惜しみない賞賛の言葉が並べられた。

「本当にすばらしかった。最初は審神者の新規獲得のために立てられた企画ではあったが、もうそう言うのとは関係なく、今後も継続して欲しいと思っているし、増やしたいとも思っているんだ」

もう一つ舞台本丸を作るのか?と聞いたのは鶴丸だ。政府の人間は首を振った。
「増やすと言っても、舞台本丸はこれで完成系だから、同じようなものを作るつもりはない。今すでに始動しているんだけど、そちらはミュージカルにしようと思っているんだ」
聞き馴染みのない単語に、三日月が首を傾げる。
「みゅーじかる、とはどんなものなんだ?」
「まだ上演はしていないんだけど、今日みたいな本番のように演じた映像があるから、よかったら見てみてくれないか。実を言うと、本公演も、この舞台本丸が終わったすぐ後にミュージカルを上演する予定なんだ。審神者も参加しやすいかなと思ってね」
三日月は手渡しをされたケースに入ったディスクを、なんとはなしに裏表見てみる。表にサインペンで乱雑にミュと書かれているだけだ。
それじゃあ、と言って政府の人々は帰って行った。
舞台本丸の刀達も、本丸に戻り一通り風呂や荷物の片づけを済ますと、誰とはなしにディスクを見てみようと言う事になり、大広間に集まった。ここの審神者が気を利かせて、大きなスクリーンとプロジェクターを用意してくれたので、迫力は申し分がない。
部屋の明かりを消し、皆がスクリーンに集中する。
三日月はなんとなく隣に座っている山姥切を見た。体育座りをして布を抱え込み、目は据わっている。敵情視察とでも思っているのだろうか。
そしていよいよ物語が始まった。最初の方は太鼓鐘が「おー舞台には出てない刀剣も居るのか~」とか、鶴丸が「俺は居ないのかよ!」など、茶々を入れていたようだが、中盤に行くにつれ、どんどん引き込まれて行き、最終的にはどこかから嗚咽の声まで聞こえてきた。
三日月はすべてを見終わった後、思わずスクリーンに向かって拍手をしていた。そして隣の山姥切に向かって話し掛ける。
「いや舞台とはまた違った良さがあるな。俺も出演していたが、なんだか同じ顔となると少し気恥ずかしいものだ」
「・・・・・・・」
「山姥切?」
「・・・・・・・」
まるで三日月の声など届いていないかのように、山姥切はぼうっとして微動だにしない。打ちのめされているのかと思えば、それとも違う。どちらかと言うとこれは、見惚れている、それに違いない。三日月は肩を強く掴んで揺すった。
「山姥切、どうした。上演は終わったぞ」
「あ、・・・っ、ああ、すまない。少し圧倒されていた」
「そうか。みゅーじかるもなかなかいいものだな」
「ああ、そうだな・・・」
浮ついた返事をして、山姥切はゆっくりと立ち上がり、そしてふらふらと自室へ戻って行った。


そして翌日の朝餉が終わり、茶を飲んでいる時だった。鶴丸が手のひらサイズの端末を取り出し、皆に見せる。
「昨日のミュージカルのサイトを見つけたんだが、出演者が全員ツイッターと言うものをやっているようだぜ」
「ついったーとはなんだ?」
「個人的に思った事とか、公演の情報とか、なんでも書いて載せていい場所さ。舞台本丸じゃあ、みんなやっていないだろ?」
ここに居る人間はどちらかと言うとアナログな刀が多く、端末も皆支給品を持っているはずだが、使いこなしているものは居ない。すると珍しく山姥切が会話に混ざってきた。
「・・・それは、あちらの三日月もやっているのか?」
「ん?おお。やっているようだ。すでに何枚か写真を載せてあるぜ」
鶴丸の端末にミュージカル本丸の三日月のツイッターを表示させ、山姥切に手渡す。布で隠れて表情は見れないが、何やら熱心に見つめている様子だ。
三日月はなんとなくそわそわと居心地が悪くなってしまい、山姥切に話し掛けた。
「何か面白い事でも書いてあったのか?」
「いや・・・。・・・」
それきりまた黙ってしまって、鶴丸が疑問に思い始めた所で、ようやく山姥切は顔を上げて自分の端末を差し出した。
「鶴丸、すまないが俺の端末にもこれを表示できるようにしてくれないか?」
「おお、いいぜ」
鶴丸は二つ返事で請け負うと、端末を預かった。何かを言いたいような、でも何を思っているのか自分でも分からず、三日月は結局口を閉ざした。そんな事も何も知らず、山姥切は茶を飲み干すと机の上にトン、と音を立てて湯飲みを置く。
「さぁ、稽古に励むか」
おお!と周囲の威勢のいい声が上がった。



本番公演までの稽古は、滞りなく順調に進んだ。山姥切もどうなる事かと思ったが、舞台は舞台と切り分けているようで、練習にも更に力が入っている。なぜかそれに安心しつつも、時折休憩中に山姥切が熱い視線で端末を見ていると、もやもやしたような気持ちが込み上がった。今は本番直前であるし、余計な思いを抱きたくない。三日月は必死にその感情をなかった事にした。

ようやく本番の初回公演を迎えた。客席は満員御礼。公演も最初から最後まで、目立ったミスもなく終える事が出来た。演者が全員舞台からはけてからも、拍手がしばらく鳴り止まなかった。上々の出来だったと話しながら一旦楽屋に戻ると、そこには審神者と数名の刀剣男子が居た。
「お疲れ様です。大成功でしたね!素晴らしかったです」
「ああ、実に見事だった」
審神者の隣で頷いたのは、紛れもなくミュージカル本丸の三日月宗近だった。衣装が映像で見たものと一緒だからすぐに分かった。
「み、三日月・・・」
自分を呼ばれたのかと思い山姥切を見れば、山姥切の目線はミュージカル本丸の三日月に向かっている。
「俺を呼んだか。舞台、見ておったぞ。素晴らしい演技だった。こちらの本丸も見習わなくてはな」
「えっ、い、いや、あの・・・」
いつもの威勢はどこへ行ったのやら、山姥切はしどろもどろになって布を深く被ろうとした。その時するりと手が伸びて、山姥切と握手を交わす。しかし握手だけかと思ったが、腕を引かれて手を回され背中を何度かぽんぽんと叩かれる。
「俺たちの公演もこの舞台の千秋楽の翌日からなのだ。よかったら見に来て欲しい」
キラキラと眩い笑顔を向けられて、山姥切は呻きながら瞳を細める。
「では私はこの者達を見送りに行って来ますね。皆さんは少しお休みされていて下さい」
審神者はそう言うと、ミュージカル本丸の刀達を連れて、外へと出て行ってしまった。山姥切はそれを見送り、握手をされた右手を見つめた。
「・・・どうかしたのか?」
思わず三日月が声をかけた。
「あ、いや。なんだか驚いてしまって・・・。アンタはああ言う事しないから」
ああ言う事とは、挨拶代わりのハグの事だろう。三日月は腕を組んで溜息をついた。
「向こうの俺はなんと言うか・・・若いな。俺が言うのもなんだが」
「若いって、同じ年だろう」
山姥切は小さく笑った。その表情に三日月の鼓動が高鳴った。そして分かってしまった。
(嫉妬しているのか、俺は・・・)
あのミュージカル本丸の三日月宗近に。
「はっはっは」
薄々気付いてはいたのだが、自覚したくはなかった。この感情は邪魔だと思った。
急に笑い出した三日月を、山姥切は怪訝そうに見ている。三日月は自分に情けなさを感じて、眉を下げた。



しかし練習は裏切らない。どんなに気が塞ぐような事があろうとも、舞台に上がれば一瞬にしてそれを忘れ没頭する事ができる。舞台本丸の公演は、千秋楽まで何事もなく、無事に突っ走ることができた。連日空席などひとつも出ておらず、たくさんの拍手で幕を下ろす事ができていた。
すべての公演が終えると、刀達全員が楽屋で一人ひとり所感を述べ、まだこれから先も頑張って行こうと激励の言葉が並べられた。公演は終了だが、これで解散と言うわけではなく、明日は打ち上げがあり、明後日は休暇で、実際に元の本丸に戻っていくのは三日後だ。
審神者が訪れたのは、千秋楽が終わった当日の夜の事だ。大広間で皆が雑談している所に現れ、明日の昼に行われるミュージカルを一緒に見に行きたい人は居るか?と尋ねて来た。
「全員分のチケットがあるわけじゃないんだ。半分くらいかな。残った人は打ち上げでいい料理もたくさん食べれるし、どっちに参加してもいいよ」
「俺は残るぜ~!生で見たい気持ちもあるけど、もう映像で見たからな~!上手い料理を優先するぜっ!」
「僕も貞ちゃんと一緒に残ろうかな」
太鼓鐘と燭台切が残ると言う話の中、山姥切はスッと手を上げた。
「俺は審神者と一緒に行こう」
「へ~!それじゃあ俺も!」
鶴丸が賛同し、大体の刀剣男子がどちらにするか決まった。
「三日月さんは?どうします?」
「俺は・・・。・・・そうだな、残ろう。連日の疲れが出てしまってな。みなとゆるりと過ごすとしよう」
「そうですか」
審神者は行く刀達の名前を書き留めると、それじゃあまた明日、と言って去って行った。


夕餉が済んで夜になり、藍色の空には満月が浮かんでいた。
縁側から地面に着くように掛けられた数段の階段に、山姥切は座っていた。するとそこに、三日月が近くに寄ってくる。片手には酒の入った徳利を持っていた。
「隣、いいか」
「ああ」
近くに腰を下ろし、片方の盃を渡すと、澄んだ酒を注いだ。次に自分の盃にも酒を汲み、一口飲む。それにならって山姥切も盃に口をつけた。
千秋楽の終えた日、こうやって二人でこの場所で飲むのが習慣になっていた。
「数日したら元いた本丸に戻る。また戦の日々の始まりだな」
「そうだな・・・。だが俺は戦も決して嫌いではない。舞台も戦も、生きている実感がするんだ」
「そうか・・・」
二人で居るからと言って、何も賑やかに騒ぐような事はないが、舞台を終えた満足感と共に過ごすこの時間が好きだった。
「そう言えば、三日月の所に俺は顕現しているのか?あまり聞いたことがないが・・・」
「ああ、おるよ。おるが・・・うちの本丸は部隊ごと完全に住居も分かれておってな。あまり会う事はない。正直おぬしに会うまで、俺は山姥切と言う刀の事を、よく知らなかったのだ」
「そうなのか」
「おぬしの所はどうだ?俺は居るのか?」
山姥切は首を振った。
「いや、まだ顕現できていないんだ。俺が至らないせいかもしれない。だからこの舞台本丸で初めてアンタを見た。だから・・・」
言葉が途切れたので、三日月は視線を盃から山姥切に移して問いかける。
「だから?」
「すまない。最初俺は多分対応が悪かっただろう。アンタみたいな刀を見たのは初めてで、緊張していたんだ」
「はぁ、なるほど。それでか」
確かに思い起こせば、不躾とまでは行かないか、ぶっきらぼうな奴だと言う印象はあった。
「でもこうして共に演じる仲間がアンタでよかった。なぁ、三日月」
「なんだ?」
「舞台でも、こんな月のシーンがあっただろう?俺がアンタに、なぜ刀に心があるのかと問う場面だ」
「ああ、あったな」
「舞台とは言え、アンタに問いかけて、アンタが答えて、それで本当に俺自身の心も軽くなって行ったんだ。写しだと悩む自分、元の本丸を離れて舞台に興じている自分、これでいいのかと何度も悩んだ。でもあの月のシーンで、俺の悩みも解けて薄くなって行ったような気がするんだ。アンタのおかげだ」
「山姥切・・・」
蒼碧の瞳に見つめられ、三日月はまるで魔法にでも掛かったかのように、山姥切に手を伸ばした。気付かなかったのか、山姥切はぐいと酒を飲み干すと、その場で立ち上がった。
「さて、今日は疲れただろう。俺も明日は早くに出かけるからな。そろそろ寝るとするか」
三日月は行き場のなくなった手を引っ込める。
「そうだな。おぬしは明日みゅーじかる、とやらを観劇しに行くのだったか」
「ああ、楽しみだ」
「そうか、気を付けて行っておいで。早く帰ってくれば宴に間に合うかもしれんぞ」
「なるほど、確かにそうだな」
山姥切は頷くと、背を向けて自分の部屋へと戻って行った。後に残された三日月は、しばらくその場で一人酒をしていた。
廊下から足音が聞こえて、山姥切が忘れ物でもして戻ってきたのかと顔を上げると、そこには鶴丸が立っている。「よっ」と軽い挨拶をしながら、勝手に三日月の隣に座った。
「俺の分くらいあるだろう?」
鶴丸が、先ほど山姥切が置いていった盃を手に取り、注いで欲しそうに差し出してくる。三日月は目線を向けずにその盃を奪うと、自分が飲んでいた方を鶴丸に渡した。その意味が分かり、鶴丸はやれやれと肩を竦めた。
「そんなに想うくらいならさ、言っちまえばいいのに」
「・・・何の話だ」
「隠し通せると思ってるのか?今の三日月の顔で」
実際自分がどんな顔をしているのか、三日月には分からなかった。ただ気分がもやもやとして晴れない。
「まぁ確かに俺たちはちょっとばかり特殊だ。ずっと同じ本丸の仲間同士と言う訳でもない。だがなぁ、爺さんよ。自分に正直にいる事だけは大切だぜ。でないといつか、関係はひずんで来る」
鶴丸がただの出しゃばりで、助言をしている訳ではない事は分かっていた。鶴丸の言う通り、自分の気持ちに嘘をつき続ければ、今回の公演は上手く行ったとしても、次回、その次と重ねていけば分からない。
「・・・分かっておる。ただ、伝える伝えないは、俺の勝手だろう」
「まぁ、そこまで口出す気はないが。ちゃあんと自分の心に耳を傾けてやるんだぜ。それじゃあな」
「なんだ、もう行くのか」
「付き合ってやりたいところだけど、俺も明日は出発が早いんでね。三日月も飲みすぎるなよ」
鶴丸は言いたいことだけ言うと、酒は注がれた分しか飲まず、さっさと帰って行ってしまった。なんとなく三日月は、舞台での劇中の己のセリフを思い出した。

「声なき声に、耳を傾けてやらねばな・・・」

呟くようにセリフを言うと、三日月は息を大きく吸ってしばらく止め、ゆっくりと吐き出し、そして己の枷を外して本当に思ってる事を頭に浮かべた。

(・・・なんでもないと言っておったが、明らかにみゅーじかるとやらの三日月を見た時に、頬を染めておったではないか。握手だけでなく抱きしめられて、嬉しそうにしておったではないか)

(普段あの端末など見もしないくせに、休憩となればあの者の写真を見て・・・俺と同じ顔だぞ?俺を見ればいいではないか!それに軽やかに踊れはせぬが、舞は俺の方が上手かろう!歌も和歌であればおぬしのためなら、いくらでも詠んでやるというのに・・・!)

(大体アンタでよかったと言うのなら、俺でいいではないか!何を明日わざわざ足を運んでまで見ることが・・・!)

そこまで思って、三日月ははっと我に返った。額には冷や汗が滲んでいる。自分の想像をはるかに超えて色々と想いが噴き出してしまって、さすがに自分の事ながらここまで溜め込んでいたのかと驚いた。
(これは・・・鶴丸にも悟られてしまうはずだ・・・)
先ほど言われた「今の三日月の顔で」の意味が、とてもよく分かった。きっと自分は嫉妬と独占欲にまみれた、黒い表情を浮かべていたのだろう。




翌日山姥切や鶴丸などの、ミュージカル観劇組は朝に出立した。残された宴会組は、昼を過ぎた頃からゆっくりと宴の用意を始める。夕方くらいから酒好きなものは少しずつ飲み始め、料理が到着する頃になると、大広間はすでに賑やかになっていた。刀剣男子だけではなく、裏方の人間も居たので、人数は多く騒がしくもあった。三日月も少し吹っ切れたのか、いつになく一緒に盛り上がって楽しそうに飲んでいた。
宴が始まり、二時間はたった頃だろうか。出入り口の辺りから物音が聞こえた。どうやら観劇組が戻ってきたようだった。審神者を筆頭に、刀剣男子達を連れ立って大広間に入ってくる。
「ただいま戻りました。宴にはぎりぎり間に合ったかな」
審神者の言葉を遮るように、太鼓鐘が山姥切が抱えてる荷物を指差して声をかける。
「それって何?もしかしてポスターってやつ?」
舞台本丸でも物販を行っているため、丸めて袋に入れられたそれをすぐに見破ることが出来た。
「ああ、そうだ。これがポスターでこれがブロマイドで、これが缶バッチで・・・」
随分大きな袋だとは思ったが、予想外に中からあらゆるグッズが出てくる。しかも全部三日月宗近のグッズだった。
「うわぁ・・・なんて言うか、そんなに凄かったんだ?」
燭台切が気を使いつつ質問すると、山姥切は途端に熱がこもったように詰め寄った。
「凄かったなんてもんじゃないぞ・・・!やはり映像と本物は違う!全然違うんだ!こう・・・凄くて凄いんだ!」
完全に語彙力を喪失している山姥切を、燭台切がどうどうとなだめて、座布団の上に座らせた。食事を出してお酒を注いでやると、また矢継ぎ早に、ミュージカルがいかに生で見るべきものなのかを熱く語っていた。
そんな言葉で少し酔いも冷めた三日月の隣に、ひょいっと鶴丸が陣取った。
「ただいま~!ほら、三日月。お土産あるぜ」
そう言って鶴丸が渡してきたのは、ミュージカル本丸の三日月宗近の缶バッチだった。
「俺にこれをどうせいと言うんだ・・・」
「うん?狩衣にでもつけたらどうだい?」
三日月は軽く鶴丸の頭をはたいた。
「山姥切も楽しそうだったぜ~。正直あんなに目を輝かせてるアイツは初めて見たな。よほど向こうに三日月がお気に入りのようだ」
「ふん。顔は同じだ。ならばこちらに分があるだろう」
ぐいっと酒を煽る三日月に、鶴丸は意外そうに目を丸くした。
「本当に素直になっているじゃあないか。だがな三日月。顔は同じでも、あっちの三日月は一枚も二枚もうわ手だぞ」
「どう言う意味だ」
「なんせ向こうの三日月は、観客席に向かって『そばに居てもいいか?』など愛を囁きかけて来るんだぜ。俺も三日月じゃなかったら思わずドキっとするんだがなぁ」
最後の鶴丸の余計な一言は耳にもくれず、三日月はその光景を想像すると青ざめる思いだった。
「少し聞きたいんだが、鶴よ」
「なんだ?」
「山姥切は、そのような軟派な行為をする者が好みであったか・・・?」
三日月の言いたい事が分かり、鶴丸は一口料理を食べ、飲み込むと頷いた。
「確かにな。言われてみれば、そう言う男がタイプには見えないな。仮に俺が山姥切にウィンクでもしてみてもいいが、多分心底『はぁ?』と言う顔をされて俺が傷つく」
「だろう?」
鶴丸と三日月は、少しの間二人とも黙ってしまった。そう言えばなぜミュージカル三日月に熱を上げているのだろう?その疑問が解けないままでいたからだ。

「三日月、そこいいか?」

不意にかかった声に、三日月と鶴丸は顔を上げた。
「ああ、俺は退くから」
「いや、退かなくていいだろう。そのままで」
「まあまあ。俺も伊達の連中とも話したいからな」
そう言って鶴丸は、酒を持ってその場を立ち去ってしまった。そして山姥切が隣に並ぶ。
「・・・何を、話していたんだ?邪魔ではなかったか?」
「いや、大した話ではない。おお、そうだ。みゅーじかるを見に行って来たのだろう?どうだった」
話をそらすためにミュージカルの話題を出したが、途端に山姥切の瞳がキラリと光った。
「凄かった・・・アンタも見に来ればよかったのに」
「ほう。それは、いかように凄かったのだ?」
「そうだな、なんと言うか、上手く言えないのだが・・・」
山姥切はほんのりと頬を赤くした。それは酒のせいばかりではないだろう。
「夢を見ていた。そんな気分だった・・・」
三日月は己の感情が、カッと燃え滾って熱を持ったのが分かった。やはり自分は観劇に行かなくて正解だったようだ。
昨夜自分に素直になってみると、それはひどく嫉妬深い事を自覚した。しかしそれを、目の前の山姥切にぶつけてしまおうとは、到底思えなかった。この戦と舞台をこよなく愛している刀に、そんな醜い想いをさらけ出したくない。自分のものにしたい、と言う思いより、やはり導き、応援してやりたいのだ。
「そうか。それはよかったな。舞台としても勉強になることもあっただろう。この本丸で活かせるといいな」
「ああ、そうだな」
山姥切はその後、ミュージカルで特に凄かった演出や、細かな演技など話して聞かせた。三日月はただ、にこやかに瞳を細めて頷き、聞いていた。






丸一日十分な休暇を取り、今日はこの本丸が解散する時だ。数ヶ月あけたらまた集まっては来るが、それまで暫くはお別れである。
みんな各々帰り支度を済ませ、荷物を持って門の前に集まっている。
ここから一人ずつ、それぞれ元居た本丸へと時空を繋げ、戻って行くのだ。
「じゃあまたな!舞台があるんだから、折れるなよー!」
「お前こそ本業を忘れるなよ~!」
そんな明るい別れのやり取りの中、順番を待っている山姥切を見かけた。声をかけようかと思ったが、何も言わずにおいた。すると山姥切が周囲をきょろきょろと見渡し、そして三日月を見留めると、こちらへと歩いてきた。
「今回も世話になった。その・・・」
「・・・?」
「元の本丸に戻っている時のアンタの事は知らないが・・・元気にやってくれ。また同じ舞台に立てる事を願ってる」
それだけ言って踵を返そうとすると山姥切の手を、つい握って引き止めてしまう。
「三日月・・・?」
「あ、いや。すまん。その、山姥切・・・」
「なんだ?」
「お前が、嫌じゃなければなのだが・・・」
「?」
「その」
「なんだ。はっきり言え」
「文を、送ってもいいか?お前は向こうでは近侍で忙しいかもしれないから、別に返事が欲しいわけではない。ただ送りたいのだ。・・・駄目か?」
山姥切は、一度目を開き、少し口ごもって、それから一つ大きく頷いた。
「構わない」
「そうか。・・・そうか。よかった。ではな、山姥切」
「ああ、またな。三日月」
そう言って山姥切は、時空の中へ飲み込まれて行った。かすかにだが、微笑んでいるような気がした。
離れている間も文を送ることが出来る。たったそれだけでも、三日月にとっては喜ばしく、今すぐにでも筆を取りたい気分だった。この思いは劣情のままぶつけるのではなく、きちんと大切にしようと、三日月は瞳を閉じ、そして自らも時空の中へと溶け込んで行った。





「お帰り!山姥切さん!」
一番最初に出迎えてくれたのは乱だった。
「ああ、ただいま。ん?ほら、お土産ならたくさんあるぞ。短刀達でわけるといい」
「わぁい!ありがとう!あれ?こっちの袋は?」
がさがさと紙袋を漁られ、山姥切は慌てて引っ込めた。
「こちらは、関係ない。私物だ。俺は一旦荷物を置きに戻るぞ。主に会ったら後で報告に行くと言っておいてくれ」
「はぁい!分かったよ!」
乱は手を上げて返事をすると、皆がいる方へと向かって行った。山姥切は廊下を歩き、自分の慣れた部屋まで戻ってくると、ようやく一息ついた。舞台は楽しいとは言え、やはり疲れ方が戦とは違う。たくさんの刀剣と会話もしなければならないため、気疲れもあるだろう。
山姥切は荷物をあけ、服や本などをしまい直した。そして紙袋をあけると、中にあったポスターを広げ、現れたミュージカル三日月の顔にほうっと息を吐き出した。
「やはり、美しい・・・」
うっとりとその顔を眺め、髪のひと束ひと束にまで目線を行き渡らせる。ぼんやりと眺めていると、遠くの方から「山姥切さーん!主が呼んでる!」と言う言葉が聞こえてきた。
今行く、と大声で返事をすると、山姥切はまたポスターに目線を戻した。ミュージカル本丸の三日月は、観客全員に対してではあるが、まるで自分だけに好意を振りまいてくれたように錯覚してしまう。

(これが・・・舞台本丸の、三日月だったらな・・・)

はぁ、と溜息を吐き出して、山姥切はまたくるくるとポスターを丸め、押入れにしまった。まるで自分の気持ちまで隠してしまうかのように、奥の方にそっとしまっておいたのだった。




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