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ナランチャの居る日々が、日常になって行く。
授業が終わってから、ナランチャの部活が始まるまでの三十分。
もはや当たり前のように、空き教室でナランチャに勉強を教える毎日だ。
今日も授業が終わり、教室を出ると、廊下を歩き出す。
いつもならこの辺で、「フーゴ~ッ!」と名前を呼んで追い掛けて来る足音が聞こえるはずだった。
しかし何も気配は感じず、その代わりに携帯電話が振動した。
鞄から取り出して画面を見ると、ナランチャからラインが届いていた。

『ゴメン。行かないと部活。すぐ』

乱れた文法で送られてきたメッセージを見て、フーゴはふっと口元が緩んだ。
国語も教えないと駄目かな。
そんな事を考えながら、了解、と短いメッセージを返した。
このまま帰ってもいいのだが、フーゴは不意に、ナランチャの部活を見に行こうかと思い付いた。
最近はナランチャの人気もあるのか、サッカー部の練習を観戦している人も多いので、遠目で覗くくらいならバレないだろう。
フーゴは昇降口を出て校庭へ回ると、今まさに練習試合が始まったようで、人だかりが出来ていた。
「ナランチャー!行けーッ!」
「頑張ってナランチャー!」
男女両方からの声援が聞こえる。
ボールが渡ると何かやってくれそうな、期待を持たせる魅力がナランチャにはあった。
しかし試合は劣勢のまま前半戦を終え、チーム内にも苦しそうな表情をしている選手が目立った。
状況は変わらないまま後半戦も終盤を迎え、ロスタイムに入ろうとした瞬間、転機が訪れた。
ナランチャにボールが渡る。
マークしている選手も一人しか居なかった。
ここだ、ここで決めて欲しい。
見ている生徒は誰もがそう思っただろう。
そしてナランチャは、視線を配らせても居ないチームメイトに一度ボールをパスすると、相手チームのオフェンスをかわし、ゴール前で強力なシュートを放った。
ボールはキーパーの指先をかすり、ゴールの網を揺らした。

「決まったああ!」
「ナランチャ!やった!」

チームからも観客からも、わっと声援が沸いた。
フーゴも一人で見ていたのであれば、思わず声を張り上げていた事だろう。
(本当に凄いな)
出会いが出会いだっただけに、最初はロクなヤツじゃないと思っていたが、サッカーへの溢れ出る才能や努力は、フーゴもさすがに認めざるを得なかった。
試合終了の笛が鳴り響き、1対0で、ナランチャのチームが勝利した。
礼をして、チームの人間が校庭の端へと捌けて来る。
声を掛けようか、と思ったが、人の目が気になって、やはりそのまま帰ろうとした。
すると目前に居た女子生徒三人が、ナランチャの方へ駆け寄り、タオルや飲み物を渡していた。
少し遠かったので会話の内容などは聞こえなかったが、ナランチャは差し出されたものを笑顔で受け取っていた。
それだけではなく、女子生徒が何かブレスレッドのようなものを、ナランチャの腕に付けている。
(なんで受け取ってるの)
フーゴは眉間に皺を寄せ、胸中で悪態をついた。
(君が好きなのはぼくだろう)
そんな思いなど届くはずもなく、ナランチャは笑いながらお礼を言っているようだった。
心の中にどす黒い感情が渦巻いた。
もう帰ろうと思い校庭に背を向けると、背後からナランチャの声がする。
「フーゴ!」
ナランチャは走って側まで来ると、「見てくれてたの?」と嬉しそうに笑った。
その笑顔に、心臓がずきりと痛くなる。
「・・・別に。たまたま通りかかっただけですよ」
思いの外、低い声が出てしまう。
フーゴは歪んだ表情を見せまいと顔をそむけて、そのまま歩き出した。
「フーゴ・・・?」
ナランチャがもう一度自分を呼んだ事は気付いていたが、振り返らなかった。
顔を見たら、何かひどい事を言ってしまいそうな気がしたからだ。






フーゴが家に帰り、夕飯を済ませ、風呂から上がると、携帯電話にラインを知らせる振動音がした。
ロック画面を解除し、メッセージを見る。
ナランチャからだった。

『今日勉強しないって言ったの怒ってる?ゴメン。
 明日また待ってるから』

フーゴはベッドに腰掛け、濡れた髪をタオルで拭きながら、画面を眺め続けた。

(結局ぼくは)

タオルから手を離し、目蓋を閉ざす。

(ナランチャにしがみ付かれて、安心しているんだ)

嫉妬したのだ。あの女子生徒たちに。
それだけじゃない。
前世とやらの自分にもだ。
馬鹿馬鹿しかった。
すごく馬鹿馬鹿しいのに、苦しくて仕方なかった。





授業にもなんだか身が入らない。
教師の声が、右から左に流れて行く。
ちらちらと視線が校庭へと移された。
体育の授業は、やっていないと言うのに。

すべての授業が終わり、教室を出た。
数歩歩くと、もはや日常と化した声が聞こえて来る。
「フーゴー!」
その軽快な声に、心臓の鼓動が高鳴った。
むず痒い気持ちで振り向くと、ナランチャが手を振って側まで来る。

「勉強教えて!」

フーゴを逃がすまいと、鞄を掴んできた。
もうそんな事をしなくたって、フーゴは帰ったりなどしないのに。
「・・・いいですよ」
なるべく短い言葉で返した。
ナランチャは勘がいいから、何かを悟られてしまいそうで怖かった。

空き教室で30分だけの家庭教師をした後、ナランチャも帰路につくと言った。
部活は?と聞くと、今日はクラブだけ行く、と返ってくる。
もしかしたら、サボらせてしまったのかもしれない。
でもそれだけナランチャが自分に必死だと思うと、嬉しかった。

陽は傾き、オレンジ色の光を道路に写し出している。
ナランチャのバンダナと同じ色だった。
川沿いの車道を、二人で並んで歩いた。
ナランチャがこちらを見ている事に気づき、フーゴも目線を向けた。
ナランチャは何も言わずに、顔をゆっくり俯かせる。
「・・・何?」
「あ、いや。なんでもないよ」
フーゴはなんとなく分かっていた。
きっと過去の事を思い出していたのだ。
「・・・別に、いいですよ。どうせ前世とやらのぼくと、同じように歩きたいんでしょう」
ナランチャはびっくりしたように目を丸くする。
「フーゴ、どうして分かったんだ?」
「分かりますよ。そんな目をされればね」
「そうか?そっかなァ。ホントにいいの?」
「好きにしたら」
とは言え、実の所ナランチャが昔の自分とどうやって歩いていたかなど、知る由も無い。
どうするのかと思って見ていると、ナランチャはポケットに突っ込んでいたフーゴの腕に、自分の腕を回して絡めて来た。
腕にぎゅっと抱きついた後、ナランチャは小さな声で、へへ、と言ってはにかみ笑いをする。
心臓が握られたように痛んで、顔が熱くなる。
しばらく無言のまま歩いていると、不意にナランチャが話し出した。
「・・・嘘だよ。こんな風にして歩けなかった」
「え・・・?」
「歩きたかったよ。お前と恋人みたいにさ。でも出来なかったんだ。俺、お前より先に死んじゃったんだ」
だからこれは願望なんだ、と目線を伏せて言って、腕を離した。
ナランチャと付き合いが深く長くなればなるほど、この話が虚言だとは思えなくなっていた。
そんな嘘をつく理由が、彼にはないはずだ。
だからフーゴは、本当に自分が思った事を伝えた。

「・・・きっと君に取り残されたそいつは、ぽっかり穴のあいた様な人生を送ったんでしょうね」

その言葉にナランチャは驚いたようだった。
初めて真に受けた返事が返ってきたのだ。
「どうだろうな。案外さっさと忘れて・・・くれたらいいんだけど、お前そう言うタイプじゃないだろ?」
その質問に自分が答えるべきなのか、一瞬悩む。
「ぼくはその人とは違う人だ。彼がどうだったかなんて、ぼくは知りませんよ」
ナランチャはきょとんとした顔をした。
彼からすると、同一人物に決まっているのに、と言いたいのかもしれない。
フーゴはその場で止まり、ナランチャと向き合うように立った。
「フーゴ・・・?」
「ナランチャ。君は・・・」
一度言葉を飲み込み、眉を寄せる。
ナランチャは怪訝な表情でフーゴを見上げていた。
「君は、ぼくの事が好きなんですよね・・・?」
「ウン、大好きだよ!今度こそ絶対、フーゴから離れない。そう決めたんだ!」
迷いの無い瞳に、フーゴは我慢が出来なくなる。
はっきり好きだと思ったのだ。
フーゴはナランチャの頬に手を添えると、少し屈んで唇を合わせた。
ほんの一瞬の出来事だった。
ナランチャは瞳を見開いたまま、微動だにせずにキスを受ける。
顔が離れると、ナランチャは声を震わせて言った。

「フーゴ、思い出したのか・・・!?」

フーゴからすると、それは意外な言葉だった。
そう言われると思わず、あ、いや、と切り出す。
「思い出したわけじゃあ、ないんですが・・・」
途端にナランチャの顔に影が過ぎった。
ショックを受けたように俯き、拳を握っている。
「そ、そうだよね・・・。なんだ、俺、てっきり・・・」
顔は上げるが目線は泳がせたまま、今にも泣き出しそうな声音で呟く。
「お前が、思い出したから、したんだと思って・・・っ」
ナランチャの大きな瞳から、大粒の涙が零れた。
「ナランチャ」
手を差し伸ばした瞬間、ナランチャは背中を向けて走り出した。
思わずフーゴもその背を追って走ったが、さすがにサッカーで鍛えている俊足には敵わない。
すぐにナランチャの姿は見えなくなった。

「くそ・・・っ」

フーゴは息を切らして立ち止まると、側の塀に拳を叩きつけた。
目を強く瞑り、先ほどのナランチャの顔を思い出す。

(ぼくじゃない)

ぎり、と奥歯を噛み締める。

(君が好きなのは、やっぱりぼくじゃないんだ)

結局の所、ナランチャからすれば、自分に記憶が無ければ意味などないのだ。






ナランチャが放課後にフーゴの元を訪れなくなってから、数日が経った。
ポケットから携帯電話を取り出してみても、メッセージを知らせるランプは点灯していない。
雨のため体育の授業も室内でやっているようで、姿を見る事もなかった。
すごく静かだった。
今までこんなに誰とも喋らず、関わらず、無音のまま生活して来たのかと、ほんの少し前までの自分が分からなくなる。
何度かナランチャのクラスに行ってみようかとも考えたが、かける言葉が思いつかなかった。
フーゴは帰路につこうとロッカーから荷物を取り出し、溜息をつく。

(ぼくは君が好きで、君もぼくを好きだと言うのに、おかしな話ですよ)

ガコン、とロッカーが閉まる鈍い音がした。





家に帰り机に向かうと、日課のように教科書を広げる。
勉強などしなくても、テストの点数はきっと満点を取れるはずだ。
だがフーゴはいつも怖さを抱えていた。
成績が下がると言う怖さだ。
親から何か言われるかもしれない。周囲の生徒や教師が、何かあったのかと噂話をするかもしれない。
だからフーゴは自分の頭が他と比べて出来がいい事は理解していたが、勉強を欠かした事はなかった。
それを「才能」の一言で片付けらる事に、少しの虚しさを感じていたのだ。

(ナランチャは・・・努力だって言った・・・)

そう言った時のナランチャの表情を思い浮かべながら、ノートをぱらりと開く。
するとノートのすみに、落書きがしてあった。
おそらくナランチャにノートを貸した時に、描かれてしまったのだろう。
小さいキャラクターが、ペンのような物を持って立っている絵だ。耳にイチゴのピアスのようなものが描かれてる。もしかしたらフーゴを描いたのかもしれない。
そのままページをめくると、パラパラ漫画のように、そのキャラクターがペンを持って怒ってる様子で動いていた。
くす、と小さく笑いながら、最後のページで手が止まる。
何か文字が書かれてあった。

『フーゴに会えてよかった!』

心臓の鼓動が高鳴り、会いたいと心底思った。
すると家の中に、来訪者を知らせるチャイムの音が響き渡った。
親は居ないため、フーゴは椅子から立ち上がると、リビングまで行きインターホンに応じる。
「はい」
『あ・・・フーゴ?俺だよ』
画面に現れたのは、たった今会いたいと思っていた彼だ。
「ちょっと待ってて」
フーゴはそう言うと、急いで玄関の扉を開いた。
ナランチャはいつものように、だらしなく肩からカバンを下げ、「よっ」と言って手を上げた。
表情はやや俯き加減で、気まずそうにしている。
「・・・入って下さい」
「いいの?親は?」
「この時間は居ませんよ」
「そっか。お邪魔しまーす・・・」
遠慮がちに誰も居ない家の奥に向かって言うと、ナランチャはフーゴに連れられ部屋に入った。
「何か飲み物持ってきます。オレンジジュースでいいですか?」
フーゴが一旦部屋から出て行こうとすると、ナランチャは腕を掴んでそれを制した。
「いや、いいんだ。スグ帰るからさ」
フーゴは小さく頷いてその場に留まり、ナランチャが話し出すのを待った。
「・・・なんかさ、上手く言えないんだけど、オレ自分で思ってたよりずっと、お前に昔のこと思い出して欲しかったみたいで」
ナランチャは頭をがしがしと掻いて溜息をついた。
「だからその、この間は急に帰ってゴメンな」
「それはいいけど・・・」
「でもなんでフーゴは、思い出してもないのにオレにキスしたんだ?」
「それは」
フーゴが話し出そうとすると、ナランチャは言葉を遮った。
「まっそんなのどうでもいいよな」
顔を上げたナランチャは、笑顔ではあるがどこか切羽詰っているように、深刻そうな表情をしている。
「オレが好きだ好きだっつってるからさ、サービスしてくれたんだろ?お前優しいからさァ」
その後ナランチャはへへっと軽く笑った。フーゴの本音を聞く事を、遠ざけているようだった。
そのセリフに、悪意はないと分かっている。ただひどくやるせなかった。
自分のナランチャへの思いを、どうでもいいと言ったのだ。
フーゴは落胆したように、息を一つ深く吐き出す。
「どうでもいい、ですか・・・?」
「え?ウン。だって・・・どう思われても、俺はお前の事が好きだからさ」
胸がぎゅっと締め付けられる。
どう言う言葉をかければ、彼に伝わるのだろう。
いくら頭がいいと言われていたって、その答えは見つからない。
フーゴはナランチャの腕を掴んで引き寄せた。
もう片腕で抱き締めると、肩口に顎を乗せる。

「好きなんですよね?ぼくのこと」

腕の中で大人しくおさまりながら、ナランチャはこくりと頷いた。
顎から耳にかけて手を差し込み、傾けた頭を近づける。
するとナランチャは、大人しく目蓋を閉ざした。
ゆっくりと顔が近づき、唇が重なる。
柔らかいその感触に、夢中になったように何度も口付けた。
口を少し開くと、つられるようにナランチャも開いた。
どこか引っ掛かりを覚えながらも、ナランチャのYシャツのボタンに手を掛け、ひとつずつ外して行く。
ナランチャが固唾を飲んだ。
「な、なぁ、フーゴ・・・」
なんで、と言いたい瞳だ。
その問いには答えず、フーゴは顎を掴むと、より深く唇を重ね舌を交わらせる。
口内に生暖かい体温が伝わって来た。
くちゃくちゅ、と言う唾液が混ざり合う音や、お互いの衣服が擦れ合う音に、今までにないほど興奮した。
ボタンをすべて外したYシャツを肩から滑り落とす。
普段は隠されている、日焼けのない部分の素肌が目に映った。
思わず凝視するように見つめると、ナランチャは目線をそらしながら呟く。
「あ、あんま見んじゃあねーよ。楽しくねぇだろ、ヤロウの裸見ても・・・」
「まぁ、ただのヤロウの裸ならね」
そんな言い方ではナランチャには伝わらなかったらしく、怪訝な表情で眉をひそめている。
フーゴは見つめていた平らな胸板に、そっと指を這わせた。
自分で仕掛けた事ながら、男同士で胸を触るものなのか疑問で、ぺたぺたと愛撫とは程遠い触れ方をする。
「お前・・・俺を女だと思ってたワケじゃあねぇよな・・・」
「まさか。女だったら君なんてタイプは、なおさら近寄りたくないですよ」
「ひ、ひでェ!なんだよそれッお前昔っからそうだよ!」
「・・・昔、ね。参考までに聞きますけど、昔のぼくは、君をどうやって抱いていたんですか?」
その質問にナランチャは一度目を開くと、その後言いづらそうに目線をそらした。

「フーゴは・・・いつも優しかったけど、時々しつこかったよ」

不思議とその回答に納得してしまう自分がいた。
それと同時に、やっぱりコイツは男に抱かれた事があるのだと思うと、心の底から腹が立つ。
フーゴはナランチャの胸板を掴み、親指の平を突起に滑らせた。
「っ」
僅かな反応を見逃さず、フーゴはそのまま指をぐりぐりと押し付ける。
足の間に太ももを割り入れ、下腹部を刺激しながら唇をあわせると、すぐにナランチャの呼吸が乱れて来た。
「っ・・・、はぁ・・・っ」
ナランチャに抵抗しようとする素振りは、まったく見られなかった。
フーゴはナランチャのベルトに手をかけると金属音を立てて外し、ファスナーを下げた。
どこまでやる気なのかと、自問自答する。いくら見た目が可愛いと言ったって、男は男だ。
性器になんて触ったら、さすがに我に返るかもしれない。
下着の中に手を突っ込み、下腹部に触れると、勃ち上がった性器は濡れて脈打っていた。
「んぅ・・・っ」
早く触って欲しかったと言わないばかりに、ナランチャははぁはぁと息を乱し、服をぎゅっと掴み、伏せた瞳は切なげに揺れていた。
それを見てわりとあっさりと、同性への嫌悪感より、愛しさの方が勝ってしまった。
性器を手の平で包み込み、緩く擦り上げる。
腰がビクついて離れて行きそうだったので、腕を回して押さえ込んだ。
フーゴの胸に頭を埋めているナランチャに、声をかける。
「顔を上げて下さい。見せて」
ふるふると首を振るナランチャに、もう一度問いかけた。
「どうして」
「っだって、お前・・・なんでっ・・・」
ナランチャからすれば、フーゴがなぜこんな事をしているのか、理解できないのだろう。
「男のさぁ・・・顔なんて・・・気持ち悪ぃだろ」
「・・・気持ち悪いかどうかは、見てから決めますよ」
手を止めてじっと待つと、迷いながらも首を伸ばして顔を上げた。
ナランチャが自分の言う事を聞いてくれるのが嬉しかった。
目線を絡ませながら再び手を動かすと、ナランチャの表情が歪んだ。
口が自然と半開きになり、細められた瞳にはうっすら涙が滲んでいる。
声が出そうになる度、喉を鳴らして飲み込んでいた。
無理やり指でも突っ込んで開かせてやろうか、と思った瞬間、さきほどナランチャが言っていた前世の自分と思考が一致していると気付く。
愛撫を続けると、そろそろ我慢が出来なくなってきたのか、ナランチャがフーゴの腕を押した。
「も・・・もう、いいだろ・・・やめろよ、・・・っ」
「やめていいんですか?」
「もう、無理だって、離してくれよ・・・お前・・・ホモじゃねーんだろ・・・」
「そうですよ」
「俺みたいな・・・うるさいヤツも嫌いなんだろ」
「頭が悪くて遠慮知らずな所もね」
「だったら・・・ッ」
掠れた声で叫ぶナランチャの頬に手を差し込み、顔を合わせた。
「なのに、なんでこんな事をしてるか、分からないんですか?」
今までになく本気の声音に、ナランチャはフーゴの表情を伺う。
フーゴは一つ息を吐くと、腕を下着の中から引き抜いた。
ナランチャがほっとしたのも束の間で、フーゴはその場に膝をつくと、性器に唇を寄せた。
「や、やだっやめろよ、お前何やってんだよ・・・ッ」
混乱した様子のナランチャの太腿に腕を回し、動きを封じる。
口の中にそれをおさめると、さすがにフーゴも眉を寄せた。
「い、意味分かんねぇ・・・っ」
泣き出しそうになりながら、口元を手の甲で押さえつける。
フーゴはナランチャの性器を指で包み、先端を口内に含んで舌で刺激した。
「あ・・・、はぁ・・・っやだって・・・言ってんの・・・に・・・ッ」
膝が震えている。立っているのも辛そうだ。
喉の奥まで咥えてやると、びくびくと腰が小刻みに揺れる。
ナランチャは顔を手で覆い、流れてきた前髪を強く掴んでいた。
フーゴは一度口を離すと、こちらを見ていないナランチャに言った。
「・・・ぼくはホモじゃないし、嫌いな人間にこんな事もしない」
「へ・・・?」
フーゴの言葉に顔から手を離しかけたが、再び下腹部に刺激が与えられると、ナランチャは口元を覆った。
「っ・・・ン・・・ん・・・っうぅ・・・フーゴ・・・離して・・・っ」
途切れ途切れの嬌声が、指の隙間から漏れ出てくる。
「フーゴの口に、出しちゃうよぉ・・・っ」
それだけはイヤだと言うように、ナランチャは硬く目を閉ざして首を振った。
フーゴはそれでも手を離さず、唇に力を入れて扱いた。
先端から溢れてくる体液に吸い付くと、ぐちゅぐちゅとした音が静かな部屋に響く。
「はぁ・・・ッほんと、もう・・・無理・・・ッ」
呼吸を乱し、腰ががくがくと痙攣させると、ナランチャは精を解放した。
口の中に苦い味が広がって、フーゴは顔を顰めた。
手で扱いてやりすべてを出し終えると、ようやく性器から口を離し、テッシュを手繰り寄せてそこへ白濁を吐き出した。
「・・・うっ・・・うう、なんで、お前・・・イヤがらせかよ・・・っ」
すぐに着衣を正しながら、泣き声交じりにナランチャは後退した。
「・・・」
フーゴはテッシュを丸めてゴミ箱に放ると、立ち上がってナランチャを見下ろす。
「と言うか、今思ったんですけど、前世のそいつと手を繋いだ事もないのに、体の関係はあったんですか?」
「え?・・・ウン。だって付き合ってたワケじゃねーから」
「その男サイテーですね」
「いや、お前だよ?」
「ぼくじゃありませんっ」
ぐっと拳を握って眉を寄せ言い切る。
息を一つ吐き出すと、長い前髪を鬱陶しそうに搔き上げてナランチャを見据えた。
「ぼくは、そんないい加減な事はしない」
きょとんとしているナランチャに、更に言葉を畳み掛けた。

「だからそいつと比べないで」

少しの沈黙の後に、ナランチャは動揺を隠し切れない声音で呟く。
「お前、さっきから何言ってんだよ・・・。思い出してないんだろ?なのに、なんで、それじゃまるで」
ようやく正解に近付いた言葉が聞けて、フーゴが安堵したように胸を撫で下ろし、ナランチャに一歩近付いた。
「思い出さないと、記憶がないと、好きになっちゃいけないんですか?」
「フーゴ・・・」
今、ナランチャの視線は、自分を通り越してなんかいない。
間違いなく自分を見ている。
フーゴはそう思って、ふ、と笑った。

「・・・君が好きです」

優しい声だった。
その柔らかい音に、ナランチャは涙がこみ上げた。
フーゴは腕を伸ばしてナランチャを抱き締める。
頭を撫でてやると、服を掴まれた。
「本当に・・・?」
頼りないナランチャの声が聞こえて、その不安を掻き消すように、フーゴは力を込めて抱き寄せた。
「本当です。それとも記憶のないぼくに、用はないですか?」
ナランチャは顔を上げると、勢いよく首を振る。
「そんな訳ないよ。嬉しいよ、フーゴ。だってオレ・・・お前に絶対好きになってもらえないと思ってた」
だからこそ記憶を取り戻して欲しいと、強く願っていたのだろう。
ナランチャは額をフーゴの肩に押し付け、目を瞑った。
そして今言われた言葉が、まるで夢のようだと思うと、確かめずにはいられなかった。
「フーゴ、もう一回言って。嘘じゃないなら」
「・・・好きですよ」
「もう一回!」
「好きです」
ナランチャはもう一回、と言いそうになる唇を、一度きゅっと結んで、それからまた口を開き目線を合わせた。

「・・・オレも!大好きだよ、フーゴ!」









それからも二人は勉強をして、空いた休みには遊びに行ったりもした。
プライベートの時間を共有すればするほど、ナランチャの前世の話には真実味があり、今はそう言う事もあるのかもしれないと、受け入れる事もできた。
しかしフーゴの記憶は変わらなかった。
ナランチャは時折寂しそうに、昔の話をする事もあった。
細められた瞳を見ると、やっぱり思い出して欲しいんだろうなぁとは思う。

今フーゴは、ナランチャの友人のチームのサッカー観戦のために、少し遠くの公園に遊びに来ていた。
ナランチャは飲み物を買いに行ったきり、なかなか戻ってこない。
腕時計を見ると、すでに10分は経っていた。
フーゴは立ち上がって周囲を見渡すと、少し遠くの方にナランチャの姿が見えて、ほっと一安心する。

そして不意に、ナランチャの周囲に数人の男女が、並んで歩いているように見えた。

黒髪のおかっぱ頭や不思議な模様の帽子をかぶってる男、まばゆい金髪や、黒服の男。そしてピンク髪の女性。
びっくりして何度か瞬きをすると、その姿は消えて無くなっていた。
一体なんだったのだろう。
見間違いにしては、やけにはっきりと見えたような気がした。
するとナランチャが手を振りながら、フーゴに声をかけてきた。

「フーゴー!友達があっちで席取っていてくれたみたい!行こうぜ!」

爽やかな風が、ナランチャの声を運んでくる。
その言葉にフーゴは自分の荷物を背負い、数歩歩き出して、こちらからも声を上げた。

「今行きます!」

見えた幻覚に覚えは無いのに、なぜか懐かしい友人と再会した気分だった。





<END>



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