フーナラ21



『二度目の未来を』





一歩踏み出すたびに、つま先が厚いカーペットに沈む。
窓から差し込む光が眩しくて、ナランチャは掌をかざしながら廊下を歩いた。
この長いカーペットの終着点はボスの執務室、つまりジョルノの部屋だ。
どう言う運命があってそうなったのかは分からないが、ナランチャとフーゴは、前世とまったく同じ容姿、性格、出生を持って生まれ変わり、ここに居る。
この事をお互い以外に、他の誰にも話したことはない。
前回と同じ運命を辿らなければ、違う未来が待っていると分かった為だ。
しかしフーゴは一つだけ、前回と違う運命の選択をした。
あの船着き乗り場で、ボートに乗ったのだ。
そしてボスを倒し、ジョルノがあたかも最初からそうであったかのように、その座を奪った。
それは今から六年も前の出来事である。
ナランチャは今年で二十三歳になった。
周囲からは必ず大きくなると言われていた身長も、170cmどまりと、本人はやや不服そうだった。
顔つきは昔より精悍にはなったが、幼く見られる事も多い。
一方でジョルノは昔も今も顔は変わらない。
若くも見えるが、その態度や振る舞いに幼さは無かった。
ナランチャはふと、以前パッショーネの傘下に入ってきた新人の言葉を思い出す。

『組織に忠誠を誓いたくて跪いたんじゃない。ジョジョの姿を見たら、自然と膝が床に着いていた』

そんな馬鹿げたエピソードも頷けてしまう位、ジョルノは恐ろしいほど組織を上手く回していた。
しかしナランチャにとってのジョルノと言う青年は、もっと優しくて暖かくて、日なたのような存在だ。
ジョルノの部屋の前まで来ると、軽くノックをして「入るよ」と言うと、返事を待たずに扉を開いた。

「久しぶり!ジョルノ!・・・と」

威勢よく手を上げて挨拶しながら入ったものの、ジョルノの側には二人のガードマンが居た。
同じ組織の人間ではあるが、もはや人数が多すぎて名前も覚えていない。
黒スーツを着たガードマンが、ナランチャを睨み付ける。
「おい、ジョルノとはなんだ。せめて様付けくらいできないのか」
「わ、分かってるよ」
ナランチャはバツ悪そうに眉を寄せて、ジョルノに向かって軽く頭を下げた。

「お呼びでしょうか、我らがジョジョ」

やはり旧知の仲のジョルノに、様をつけるのは抵抗がある。
どうしても組織の人間が居る前で名前を呼ぶ必要がある時は、専らジョジョと言う名前で呼んでいた。
ジョルノはふっと微笑むと、側に立たせていたガードマンに向かって「下がって下さい。二人で話したい事がある」と言って退出させた。
二人だけになった部屋で、ようやく安心したようにナランチャは胸を撫で下ろす。
「すいません、ナランチャ。君にそんな事をさせたい訳ではないんですが」
ジョルノは困ったように苦笑した。
二十一歳らしい、あどけなさの残る笑いだ。
「いーって。そう言うのちゃんとやってた方が、かえってラクだってブチャラティも言ってたし」
「大人になりましたね」
「ホント?やったぁ!」
「そこで喜ぶところは変わってなくて嬉しいですよ。ナランチャ」
「なんだよそれぇ。結局馬鹿にしてんの?」
そうじゃない、とジョルノは穏やかに首を振った。
「大人になった君に、お願いがあるんです。今日ここに来てもらったのは、その件についてなのですが」
「お願い?」
ジョルノは豪奢な椅子に腰掛け、長い足を組ませ、ゆったりと指を組んだ。
「そうです。君には一つのチームを任せたいと思っているんです」
さらっと何でもないように言ったジョルノのセリフに、ナランチャは我が耳を疑った。
いくら組織の仕組みに詳しくないナランチャでも、それがどう言う意味なのかは瞬時に分かる。
「え?ジョルノ、それって・・・それってさ、つまり・・・」
言葉に詰まりながらも、答えを促す。

「つまり、君に幹部になってもらいたいんです」

芯の強さを感じる言い方だった。
ナランチャはようやく頭で理解すると、表情が曇り、視線が段々と落ちて行く。
「む、・・・無理だよ、ジョルノ。なんで俺が・・・。だって俺らから幹部になってるのは、ブチャラティだけじゃないか。フーゴや、アバッキオや、ミスタだってまだ幹部になってないのに・・・」

「ナランチャ。君は今、なんのために組織で働いているのですか?」

唐突な質問に、ナランチャは顔を上げてジョルノを見た。
「何のためって・・・前も今も変わんないよ。ブチャラティのためだよ。男って言うのはさ、ああ言う人の為に働くもんだろ?そりゃお前の組織に居るのに、ブチャラティの為って言うのもオカシな話かもしんないけどさぁ」
「ブチャラティの為に働いているのに、いまや君はチーム内で若きリーダーだ。知っていますよ。新入りの裏切りを思いとどまるよう説得したのも、任務とは関係なく人助けをしてるのも」
ナランチャとブチャラティは仕事内容は一緒だが、チームが違う。
ナランチャが所属しているチームをまとめているのは、実質ナランチャのようなものだった。
確かに短気で頭の悪いナランチャは、まだ上手くまとめ上げているとは言えないものの、その悪い部分を周囲の人間が「自分がカバーしてやらないと」と、そんな気持ちにさせる、人をひきつける力があった。
ジョルノはそれを見抜いていたのだ。
「だって町が平和だとブチャラティが喜ぶし、平和にするためにはさ、人がいっぱい居ないと見張れないんだ。だから新人が抜けるのはイヤなんだ。それだけだよ」
「それはつまり、ブチャラティを通して町の平和を望んでいる。そう言うことでしょう?」
「まぁ、そうかもしんねぇけど・・・」
「煮え切りませんね」
ジョルノは目蓋を閉ざして、一つ息を吐き出した。
そしてゆっくりとした動作で立ち上がり、ナランチャに向き直る。
「正直、少し意外でした。君なら、やってみたいと言うかと思っていた」
ナランチャは少し言葉に詰まって、それから近くにあるジョルノの顔を見上げる。
「・・・確かに。お前の言う通りだよ。やってみたいって気持ちはあるんだ。でもさ・・・」
その後の言葉は続かなかった。
何がそうナランチャの腰を重くさせているのかは分からない。
ただジョルノにはその錘に、思い当たる節があり、こう切り出した。

「とは言え、君にはまだ人を束ねる力が不足している事は否めない。だから君がもし幹部になったら、そのサポートにはフーゴをつけたいと思っている。どうです?」

思いがけない人物の名前が出てきて、ナランチャは目を丸くした。
ジョルノは少しも目線をそらさずに言葉を続ける。
「ぼくからフーゴに命令する事は簡単です。きっと彼も従うでしょう。しかし今回は君の力量を試す上でも、自分でフーゴに話して了承をもらって下さい」
「お、俺が・・・?フーゴに?」
「そうです」
「フーゴに、俺のチームに入って、俺の下で働けって、そう言うの?」
「想像するだけで難しそうな宿題だ」
自分で言ったくせに、ジョルノはフーゴの顔を思い浮かべて苦笑した。
ナランチャはしらばく何かを考えていたようだったが、少し待っていると、不意に視線を上げた。

「分かったよ、ジョルノ。・・・やってみるよ」

その顔つきは、戦闘の時に彼が見せる、覚悟を決めた表情だった。







ナランチャはその日の任務が終わると、どこにも寄らずに家に帰った。
玄関の扉を開けると、すでにリビングの明かりが点いている。
「ただいま~」
そう言いながら部屋に入ると、ソファに腰を下ろしていたフーゴの後姿が目に入った。
「ああ、お帰りなさい」
フーゴは雑誌から目を離し振り返って返事をすると、眼鏡を外した。
フーゴは今は二十二歳だ。変わった事はと言えば、視力が悪くなって体つきが少しだけ逞しくなった事だ。
結局、ナランチャがフーゴの身長を追い抜く事は、この先も無さそうだ。
「電話くれれば迎えに行ったのに」
「フーゴが先に帰ってると思わなくてさ。て言うか今八時だよ?スラムじゃないんだからさ」
フーゴの過保護は相変わらずだった。
むしろ年々悪化の一途にも見て取れる。
ナランチャは昔のように女に間違われるようなことも無くなったし、大の男を二、三人くらいなら投げ飛ばせるような腕力だって身についてる。
何よりもナランチャのスタンド能力は、以前よりも遥かにパワーアップしていた。
フーゴが心配するような事など、何も無いはずだった。
ナランチャはフーゴの隣に、後頭部で指を組んで腰掛ける。
そしてふと思い出したように口を開いた。
「あ、でもそう言えば明日は遅くなるよ。ミスタにクラブに誘われてるんだ」
「そうですか」
フーゴはばさばさと新聞や雑誌を片付けながら答える。
「遅くなるなら連絡下さい。迎えに行きます」
「あのさァ~~俺もう二十三歳なんですケド?お迎えつきなんて恥ずかしくってクラブになんて行けねぇよ」
「だったら行かなければいいじゃないですか」
いつもこんな調子だ。
ナランチャも気が立っている時だと、ひどい口論や喧嘩に発展する時もある。
しかし最近のナランチャは、あまり言い返したりもしなかった。
「フーゴ・・・」
繋ぐ言葉が見つからず、名前を呼んでがしがしと頭を掻く。
するとフーゴは腕を伸ばしナランチャを抱き寄せ、髪に手を差し込み頬をすり寄せた。

「・・・二度と君を失いたくないんです」

この言葉を言われてしまうと駄目だった。
もう何も言い返す事が出来ない。
フーゴは前の世界でナランチャを先に失い、この世界で生まれ変わり、通算すると五十年も君を待ったと言った。
それを考えると、フーゴの中の失う怖さと言うものは、相当なものがあるのだろう。
フーゴはナランチャを、ソファに優しく押し倒した。
唇や頬や耳に口付けを落とし、存在を確かめるように強く抱き締める。
ナランチャもフーゴの背中に腕を回した。
壁に映る影が一つになり、部屋には熱い吐息と静かな嬌声で包まれた。




行為が終わった後、暗がりのベッドの上でナランチャは片膝を抱えていた。
視線の先には、すでに眠っているフーゴの背中がある。

いつからだろう。
フーゴから笑顔が消えたのは。

ナランチャは思いを巡らせて過去を辿った。
(多分あの時だ)
思い当たるのは、今から一年前に起きた事件だ。
ナランチャはアジトの一室で、チームメンバーと口論になっていた。
と言っても正しい意見同士がぶつかり合っただけの事で、お互いに悪意は無かった。
しかし頭に血が上っていて、腕を掴んだり肩を押したりする様な小競り合いのあと、二人は掴み合いの喧嘩になった。
相手の男は大柄で分が悪く、首元のベルトを掴まれ持ち上げられてしまった。
足が地面に着かずバタつかせると、相手の男はすぐに下ろそうとした。
脅しを掛けているだけで、殺す気なんてさらさらないのは明白だった。
しかし、その寸前にフーゴが部屋に入って来たのだ。
フーゴの手から持っていた書物が、ばさばさと音を立てて落ちる。
そして無表情で、二人の側まで近寄って来た。
その時にはすでに、ナランチャの首から男の手は離れていた。
次の瞬間、今度はナランチャが息を呑んだ。

パープルヘイズが出現したのだ。

「お、おいフーゴ、何してんだよ、お前」
その場には他のチームのメンバーも二人ほど居たが、皆スタンド使いではなかった。
「やめろって!!」
慌ててフーゴの肩を掴んだ。
しかし激しい力で突き飛ばされ、ナランチャは後頭部を近くにあった机にぶつけた。
ぶつけどころが悪かったのか、軽いめまいがして、上手く起き上がることが出来ない。
薄く開いた視界の中には、チームメンバーがパープルヘイズに掴み上げられている様子が映った。
チームメンバーの叫び声が聞こえる。
パープルヘイズが拳を高く振りかぶった。
その拳にはもちろん、あの猛毒のカプセルがついているのだ。
ナランチャは大きく口を開き、何かを叫んだ。
叫んだ言葉がなんだったのかは覚えていない。

結果的に、被害は軽症一名で済んだ。
その一名とは、パンナコッタ・フーゴだ。
ナランチャがエアロスミスでフーゴを撃ったのだ。

病院でナランチャは、
「あんなスタンドの使い方はもう二度としたくない」
と、そう震えた声で言った。
フーゴは何も答えなかった。

あれから、フーゴの笑った顔は一度も見ていない。
この状況を放っておいていいだなんて思っていないが、自分一人ではどうしたらいいのか分からない。
それがナランチャの本心だった。
目蓋を閉ざしているフーゴの横顔に視線を移し、今日の出来事をぼんやりと思い返す。

(ジョルノ。お前の宿題とやらができたら・・・俺達も変わる事が出来るのかな)

ナランチャは一つ息を吐き出すと、フーゴの頬に唇を寄せ、自分も眠りについた。







フーゴには何も切り出せないまま、数日が経ったある日の事だった。
ナランチャは昨日の任務に掛かった費用の領収書を持って、フーゴの居る部屋に向かった。
フーゴはどこのチームにも属していない。
しいて言えば、ジョルノの直下に属しているので、ジョルノチームの一員とも言える。
しかしそのスタンドの性質上、戦闘で駆り出される事はほとんど無かった。
会計や戦略、通訳など、頭脳を使う仕事のほとんどを、フーゴ一人で抱えていた。
しかしフーゴは仕事に特に不満はないと言っていた。
元々こう言う地道で頭を使う作業の方が、性に合ってると。
ナランチャは扉をノックすると、ドアノブを回した。
「フーゴ、入るぜ」
「ええ、どうぞ」
返事はあったが顔は向かなかった。
忙しなく指元で電卓を叩いては、もう片方の手で書面に数字を書き付けていた。
キリがいい所まで話しかけない方がいいだろうと思い、ナランチャは椅子を引いて背もたれを前にし、フーゴの机の前に座った。
背もたれに腕を乗せて、仕事をしているフーゴの顔を見るのが好きだった。
みんなに出来ないような難しい仕事をしているフーゴは、誰かに自慢したいほど誇らしかった。
ふと電卓がはじく指が滑って、妙な所を叩いた。
舌打ちして、最初から打ち直す。
「あの。じっと見ないでくれますか?集中できないんですけど。領収書ならそこに置いておいて」
「見てちゃだめ?仕事してるお前の顔、好きなんだ」
そう言われてフーゴは照れを誤魔化すように、わざと顔をしかめた。
「・・・静かにしてて下さいよ」
結局了承したフーゴに、ナランチャは小さく笑って了解と囁いた。

そんな穏やかな昼下がりに、突然遠くの方から銃声が耳に届いた。

ナランチャとフーゴは立ち上がり、顔を見合わせる。
「今のって」
「下か?」
銃声の響きから言って、この階ではなさそうだ。
するとナランチャのポケットから携帯の電子音が鳴り響く。
慌てて取り出すと表示はミスタだった。
受話ボタンを押して応答しようと口を開く前に、向こうが先に話し出した。

『おいナランチャ!今の銃声聞こえたな?今すぐ一階の正面口に来い!』
「分かった!」

それだけのやり取りをして、ナランチャは電話を切ってポケットに乱暴に携帯を突っ込んだ。
走り出そうとするナランチャを、フーゴが腕を掴んで引き止める。
「何すんだよ!」
「駄目だ、ナランチャ。行くな」
「何言ってんだよ!ミスタが危ねーかもしんないんだぜ!」
「ジョジョを呼んでくる。指示を」
「フーゴ!」
ナランチャはイラ立ったように名前を叫んで、逆にフーゴの肩を掴んだ。

「お前も来い!」

そのセリフは、フーゴの意表を突くには十分だったようだ。
「え?でも、僕は」
「いいから!俺が心配なんだろ?だったらお前も来い!」
そう言ってフーゴの手首を掴みなおすと、力強く引っ張り走り出した。
全速力で廊下を駆け抜け、階段を数段飛ばしながら下りて行く。
「腕、離せって!」
このまま掴まれていたのでは、二人とも転んでしまいそうだった。
ナランチャは振り返らずに尋ねた。
「ちゃんと俺に付いて来る?」
「行く!ちゃんと付いて行くから!」
それを聞いてナランチャはようやく手を離した。
一階にたどり着き廊下に出ると、早速銃弾が数発、こちらに向かってきた。
素早い動きでナランチャとフーゴは身を屈めると、視界にミスタの姿が入った。
ミスタは人差し指を唇に当てながら、もう片方の手で手招きして二人を呼び寄せる。
銃弾が発射された位置からここは、ちょうど死角になっている。
お互い姿が見えていない状態だ。
「敵は?」
「分かんねぇ。3人くらいか?アジトに攻め入るなんてどんだけ度胸のあるギャングだよ」
「スタンド使いなのかな?」
「どうかな。急に入って来て撃たれたんだ。お前のレーダーでどこに居るか教えろ。そしたら俺のピストルズで一発命中よ」
「分かった」
ナランチャがエアロスミスを出してレーダーを目視する。
その間も何発か銃声が聞こえた。
「ギャングのクセになんであんな真っ白な服着てんだよ。見つけて下さいっつってるようなもんじゃねぇか」
「15メートル先に一人居る。ヴォノカの部屋かな?ドア側だよ」
「分かったッ!」
ミスタが銃を構えるとピストルズが出現する。
引き金に指を掛けたその時、

「待って。待って下さい」

とフーゴが声を上げた。
ミスタは聞こえるように舌打ちする。
「おいおい今どう言う状況だか分かってんのかよ~~ッ」
「いや、思い当たる事がある。ギャングらしくない真っ白の服。確か熱心なバウロワ教の信者だ。最近うちの組織内で抗争があったじゃないですか。あの時、巻き添えを食らった市民の一人に、その宗教の信者が居たはずです」
フーゴは視線だけ敵の方に向けた。
「それに3人で乗り込んでくるとは妙だ。お世辞にも計画的とも言えない。確か残された家族が両親と兄の3人だったはずです」
「なんだぁ?つー事はだ!私怨か?」
「私怨と言うか、被害者は向こうだ。捕らえなくてはなりませんが、殺さないで下さい。ジョジョからも見舞金は潤沢に出すように言われていた」
「チッめんどくせぇな!殺さずに捕らえんならよぉ~~どっちかっつーとナランチャのエアロスミスの方が軽症で済むかぁ~?」
「わりと運任せだけどいい?」
「一度姿を現して、上に逃げましょう。狙いはジョジョだ。あいつらはこの階段を使いたがってるんだ」
「そーか!こっからしかジョルノの部屋に行けないもんなッ!」
「そうと決まったらよォ~~」
3人で一斉に立ち上がり姿を見せた。
フーゴとナランチャの二人は背を向け即座に走り出す。
その背中を目がけて銃弾が飛んで来ると、まだその場から動いていないミスタが、ほぼ同時に発砲する。
「行けッ!ピストルズ!」
スタンドが発現し、銃弾に乗って軌道を変える。
向こうから撃たれた銃弾と、ミスタの撃った銃弾が真正面からぶつかり、空中で爆音と共に相殺された。
すぐにミスタも階段を駆け上がり、フーゴとナランチャの後に続く。
2階まで上がり廊下の壁に背をつけると、すでにナランチャがレーダーを目視して待機していた。
敵が近付いて来る。
階段から敵の頭が見えた時が勝負だ。
そして敵の足音が聞こえ、自分の目で姿を確認するとナランチャは叫んだ。

「今だッ!エアロスミス!」

連続した銃撃音が一面に鳴り響いた。
足元だけを狙いを定めているので、どれだけ当たってしまっても死に至らしめる事はない。
敵は崩れるように階段を転がり落ちて行く。
数発こちらに発砲されたが、ミスタが迎撃するまでもなく、見当違いの所へ行った。
十秒にも満たず、辺りは静かになる。
ナランチャとミスタは、ゆっくりと階段に近付いた。
三人が階段の途中や、踊り場に倒れている。
とりあえず一息ついて安堵すると、ミスタは一番近くに居た敵の胸倉を掴んだ。
「てめぇらパッショーネのアジトに乗り込んで、タダで済むと思ってんのか?!」
「う・・・ぐ、・・・殺せ・・・」
「殺さねー為に必死になってたんだよコッチはよッ!フーゴに感謝する事だぜ!」

その後ミスタは携帯を取り出し、ジョルノや今外に出てしまっているチームの仲間と連絡を取り、敵を無事に生きたまま拘束する事に成功した。
駆けつけたジョルノが事情を聞くと、「よく殺さずに済みましたね」と大層驚いていた。
「フーゴが作戦を考えてくれたんだよなっ!」
ナランチャが振り返って言うと「僕は別に・・・」と俯いていた。
しかしジョルノがフーゴの前に立ち、
「よくやってくれました。名推理です」
と褒めると、照れてはいたが嬉しそうだった。
それを見ていたナランチャも、自分まで嬉しくなって来てしまう。

だからこそ、フーゴには話さなければならないと思った。






夜になり、ナランチャは自宅に帰ると、リビングのソファでワインを飲みながらテレビを見つつ、同居人の帰りを待っていた。
夜の九時を過ぎようとした時、玄関から物音が聞こえ、「ただいま」と言う声と共にフーゴがリビングに入ってきた。
「お帰りー。今日は大変だったな」
「おかげで仕事が止まっちまいましたよ」
「そっか。でも結果オーライだったらしいじゃねぇか」
「ええ。後はジョジョが上手くやってくれたんで。あの三人、パッショーネに入って忠誠を誓うらしいですよ」
「あはは、ジョルノは怖いなぁ」
「まったくです」
そんな会話をしながら、フーゴもソファに腰掛ける。
ナランチャはワインの瓶を持ち上げ「お前も」と言って、空いていたグラスに酒を注ぎ差し出した。
どうも、と礼を言うとフーゴは受け取り一口飲む。
しばらく二人の間に無言の時間が流れた。
やけにナランチャが大人しい、とフーゴは違和感を感じたかもしれない。
ナランチャはグラスに少しだけ残ったワインをぐいっと飲む干すと、手元のグラスを見つめながら話しかけた。
「お前に話があるんだ」
「・・・なんですか」
不審な表情で眉を寄せる。
こんな風にナランチャが話を切り出す事は珍しい。
なんだか嫌な予感がしたのだ。

「俺さ、幹部になりたいんだ」

フーゴは一瞬目を見開いたが、すぐに鼻で笑った。
「なりたいって言ってなれるものじゃないですよ」
「うん。だから。ジョルノにならないかって言われたんだ」
「・・・それは、本当ですか」
「ホント」
伺うように、ちら、とフーゴを見やる。
フーゴは黙り込み、グラスをテーブルに置いた。
「・・・ジョジョに進言してみます。その提案を無かった事にするように」
そう言うと思っていたから、ナランチャは声を荒げるような事もしなかった。
「今日の事件がなければ、俺もお前に言い出せなかったかもしれない。でもやっぱ思ったんだよ。俺はもっとブチャラティの役に立ちたいし、色んな事やってみたいんだ」
「今だって君は十分役に立ってる。ブチャラティだって認めてるはずです」
「そうだったらいいな。でもさ、それは俺だけじゃなくて、お前にもそうなって欲しいんだよ」
フーゴは眉を寄せて首を傾ける。
「僕も・・・?」
「うん。だってお前、ジョルノに認められて、嬉しいんだろ?それに事務仕事でいいって言ってるけど、俺は知ってるよ。フーゴは意外と血の気の多いヤツだよ」
にっと笑って、フーゴの方へ顔を向けた。
しかしフーゴは俯いて、ぎり、と歯を噛み締めた。

「・・・勝手な事、言うなよ・・・ッ」

「フーゴ・・・」
「本当にお前は自分勝手だよ!前の世界で君が死んだ後、僕がどんな思いで生きて行ったか知らないから、そんな事が言えるんだ・・・!」
震えた声を搾り出すように、フーゴは叫んだ。
「この世界でまた、君が死んで行く姿を見ろって言うのか・・・お前は・・・自分勝手だ・・・!」
今にも泣き出しそうなフーゴを、ナランチャは腕を伸ばして肩に手をやった。
なだめる様に何度か撫でさする。
「・・・そうやってさ、ビビって生きて行くのって、楽しい?」
挑発的なものの言い方に、フーゴは思わず顔を上げる。

「俺は楽しくないよ。いつも怖がってるフーゴを見るのは、結構ツラい」

フーゴの胸に、矢で貫かれたかのような、鋭い衝撃が走った。
瞳を伏せたナランチャの目蓋を、ただ見つめて次の言葉を待った。
「それでもいいと思ってた。お前が怖いって言うんなら、俺が危険な事しなきゃいいって。でもやっぱりさ・・・俺は」
ナランチャは顔を上げ、フーゴと視線を合わせた。
フーゴの綺麗な色の瞳を、曇らせたくないと思ってたから、ずっと言えずに居た。

「お前に未来に怯えて生きて欲しくないんだ」

その言葉を言われて初めて、フーゴはこんなにもナランチャが、自分に目を向けてくれている事に気付いた。
自分の恐怖ばかりをナランチャに押し付けて、それでも自分が正しいと本当にそう思っていた。
眉を寄せナランチャの体に手を回し、強く抱き締めた。
ナランチャを自分勝手だと言い放ったが、本当の意味で勝手だったのは自分の方だったのだ。
ナランチャは下から覗き込むようにフーゴの顔を見ると、頬に手を差し込んだ。
「未来って言うのはこうもっと、明るくて、眩しくて、目がくらんで見えないんもんだろ?俺の事心配してくれんのは嬉しいけど、その事ばっかに気に取られて、楽しいはずの未来まで暗くしたくないんだよ」
やや間があってフーゴがこくりと頷くと、ナランチャは安心したように一息つく。
いくら気持ちがあっても、自分の拙い言葉で、フーゴに理解してもらえるかどうかは半々だと思っていたからだ。
「俺、幹部になって強いチーム作って、ブチャラティの役に立ちたいんだ」
その言葉には、フーゴも僅かながら頷いた。
「だからフーゴにも、その手伝いをして欲しい」
手伝いと言う言い方に違和感があり、少しだけ顔を離す。
「まぁ、手が空いてる時に、作戦会議に出たりするのは構わないですが・・・」
そうじゃないんだ、と言うようにナランチャは首を振った。

「俺のチームに入って欲しいんだ」

フーゴは一瞬言葉を失った。
「呆れた」
「やっぱり?」
「やめて欲しいって言ってる事に、僕が加担すると思うのか」
「でもほら、今日みたいにさ。お前がいい作戦を考えたから、誰も死なずに済んだじゃねぇか。俺の近くに居た方が、俺の事守れるよ?」
語尾はちょっと冗談交じりに言ってみた。
するとフーゴは盛大な溜息を吐き出し、ぐしゃぐしゃと自分の頭を掻き乱した。
数秒の沈黙の後、フーゴはナランチャを睨み付けて唇を開いた。
「・・・口ばっか達者になっちまいやがって。今まで君に口論で負けた事なんてなかった。昔の君は本当に可愛かったよ」
一通り毒づいて少しはすっきりしたのか、フーゴは一度大きく深呼吸をした。
そしてナランチャに向き直ると、手を取り自分の指と繋がせる。
「・・・前に言った事、覚えていますか?僕の老けた顔を見て笑ってやるんだって」
「もちろん。今から楽しみだぜ」
「その約束だけは、忘れないで下さい」
声のトーンが穏やかだった。
ナランチャは瞳を開いて前のめりになる。
「それじゃあ」

「ええ。これからは君の近くで、君と一緒に成長して行きたい」

そう言うとフーゴは、やわらかく微笑んだ。
久しぶりに見たフーゴの笑った顔があんまりにも綺麗で、ナランチャもつられるように笑った。







その後はワインも雑談も弾んで、二人はもつれるようにベッドに行った。
シーツに深くナランチャの体が沈む。
フーゴはナランチャの耳や頬骨にキスをしながら、自分のネクタイを外し上の服を脱ぎ捨てた。
そしてナランチャの服の裾から指を忍び込ませると、胸元を慣れて手つきで探る。
前の世界から数えて、もう何度この体を抱いたのか分からない。
よく飽きないものだと、フーゴは我ながら不思議に思う。
深く唇を重ね、体を手の平で撫でて行く。
今でもよく覚えているが、初めて抱いた時はかなり嫌がられたものだった。
それが今では、フーゴの手つきにあわせて、ナランチャの体はぴくぴくと小さい振動を刻んで行く。
こう言う所は随分変わったと思う。
フーゴはナランチャの下服のジッパーを下げ、腕を突っ込むと、すでに熱を持った下腹部を指で包んだ。
「っ・・・は・・・」
立てたナランチャの膝が震えた。
こう言う時は決まって、ナランチャはどこかそっぽを向いている。
それが気に入らなくて、フーゴは口付けをして顔を自分の方へと戻させた。
このナランチャの柔らかい唇が好きだった。
ろくな言葉を紡がない口だけど、その唇だけは妙に色気があって、いつも半開きでぽやんとしてしているものだから、今だってたまに見とれてしまう。
だから性行為をしている時には、フーゴはしつこいくらいにナランチャと唇を重ねた。
苦しいからやめろと言われても離さなかった。
ナランチャが息を乱して、自分の背に手を回して来るのも好きだったからだ。
フーゴは指を下腹部から離し、後ろの窪みへと持って行く。
先端から溢れた液体だけで、一本の指くらいならぬるぬると飲み込まれてしまう。
「あ、う、・・・フーゴ・・・っ」
ゆっくりと指をぎりぎりの所まで抜いては、また奥まで挿入する行為を繰り返すと、ナランチャの目尻が濡れた。
「んぁ・・・っぁ、はぁ・・・っは・・・」
ナランチャの嬌声が、まるでダイレクトにフーゴの脳に届いているかのように、甘く響いて快感になる。
「可愛い、ナランチャ」
思わず率直な感想が漏れた。
ナランチャは息を荒げ、額に手の甲を押し当てながらも、非難の声を上げる。
「っ・・・さっき、可愛くねーって言ってたじゃねぇか・・・」
別に可愛いと言われたい訳ではないだろうが、『昔の方がよかった』と言われた様で気に食わなかったのかもしれない。
「あんなの嘘です」
フーゴは一度指を抜いてさらりと言うと、ナランチャの柔らかな黒髪に唇を寄せる。

「前の世界から今まで、君が可愛くなかった事なんて、一度だってありませんよ」

声音から心底そう思っている気持ちが伝わったのか、ナランチャは急に顔を赤くして顔を背け、何も返事をせず唇を結んだ。
本当にフーゴはそう思っていたから、ナランチャを失うのが怖かった。
何より一度失った後の絶望を知ってしまっている。
だからと言って悲観に暮れる事はないのだ。
もしもあの時こうしていれば、なんて思いは、前の世界で十分味わった。
今を生きて行こう。
それが、二人ならできると思った。



 ◆ ◇ ◆




重い扉がノックされる。
どうぞ、とジョルノは目線は向けずに答えた。
しかし顔を見る前から、誰が入ってくるのか、なんとなく分かっていた。
そして予感は的中した。
部屋へ入って来たナランチャは、何か大きな成長を遂げた後のように、輝きで溢れていた。

「ジョルノ。・・・いや、ジョジョ。あんたに尽くす。組織に忠誠を誓う。だから俺を、幹部にしてくれよ」

宿題は満点の結果を見れる事になりそうだ。
ジョルノは指を組ませて、ナランチャを見上げると

「期待していますよ」

と言って微笑みかけた。






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