小説用



物心がついた頃には確信していた。
これは二度目の人生だ。
まったく同じ容姿、性格、境遇で生まれ変わったのだと。
だとしたら、自分は誤った選択をしてはならない。
前回歩んだ人生と同じ道を選ぶのだ。
少なくとも、フーゴに会うまでは。

ナランチャは少年院の中で、膝を抱えながら、あと1年、と呟いた。


◆◇◆◇◆


この人を知っている気がする。
この風景を見た事がある気がする。
日々がその繰り返しだった。
その不思議な感覚の正体は、母の死がきっかけとなって判明した。
目の病気を患い、すぐに治ると気丈にふるまっていた母に対して、なんの疑いもなく
(母さんは死ぬんだ)
そう直感した。
自宅のベッドで手を握り、俺を置いて行かないでと泣いて、それでも母は天国へと旅立だった。
予想が現実となった瞬間だった。
(俺は・・・なんで・・・)
母の死も辛かったが、予知していた自分に怖さを覚え、不安でいっぱいになり夜も眠れなかった。

そしてすべてを思い出したのは、ぼんやりと空と母の顔を重ねて見上げていた時だった。
なんの前触れもなく”フーゴ”と言う単語がふっと思い浮かんだのだ。
その後は矢継ぎ早に、ブチャラティ、アバッキオ、ミスタ、ジョルノ、トリッシュと言う名前と顔が体中を駆け巡った。
電流が走ったように四肢がしびれて、しばらく動けずに立ちつくす。
やがてがくっと膝が崩れ、地面に手をつき、土を掴んだ。
地面にぽたぽたと、大粒の涙が落ちる。

どうして今まで忘れていたのだろう。

フーゴの事はもちろん、ブチャラティや他のメンバーの事まで。
(・・・俺はあの時ローマで、ボスに負けて死んだんだ・・・)
もしボスを倒していたなら、トリッシュを安全な所まで避難させ、必ずフーゴに会いに行こうと思っていたのに。
あの時別々の道を選択したが、フーゴへの感情は変わっていなかった。
フーゴの事が好きだったし、フーゴも自分を好きでいてくれていた。

『本当に馬鹿だな、お前は』
『君はやれば出来るんですよ。僕は最初からそう信じてる』
『ナランチャ。・・・そろそろうちに引っ越してきませんか?』

頭の中で、フーゴに言われた様々なセリフが浮かんでは消えて行く。
フーゴにもう一度会いたい。
もちろんブチャラティや他のメンバーにも。

ひとしきり泣いた後、ナランチャは立ち上がった。
そしてどうすればもう一度、同じ運命を辿れるのかを考えた。




ナランチャがまず疑問に思ったのが、誰も自分の事を覚えていないのか?と言う事だった。
今までは誰かと知り合っても、見た事がある程度だったのが、母の事件をきっかけに、前の世界での関係を思い出す事が出来た。
しかし周囲の友人に「なぁ俺の事知ってる?会った事ない?」と質問してみたが、きょとんとした表情で肩を竦められるだけだった。
ある日、友人が兄を紹介したいと言って来た。
その兄こそが、ナランチャに濡れ衣を着せ少年院送りにまでさせた張本人である。
ナランチャは前の世界での事を思い出し、どうしても行く気になれず、誘いを断ってしまった。
すると数日後、友人は車に跳ねられ死亡した。
もちろん前の世界では、こんな事は起こらなかった。
ナランチャは友人の墓に花を手向けながら確信する。

運命を変えてはいけない。

でなければ自分は、フーゴと出会う事ができないかもしれない。
少なくとも人生の岐路に立った時は、同じ選択をしないと、同じ先には行けないのだ。
ナランチャは亡くなった友人の兄に自分から接近し、前の世界と同じくらい仲良くなるように努力した。

しかし不幸があると知って、その道を選択する事は、非常に苦しく困難であった。
裏切られると分かっていながら、ナランチャは前と同じように髪を金色に染めた。
そして警察に捕まり、少年院に入り、15歳を迎える。
運命の年だ。
この年の暮れに少年院を出て、しばらく当てもなく放浪すればいい。
そうすればようやく出会えるはずだ。
果たしてフーゴは、自分のことを覚えているのだろうか。
そんな疑問に、淡い期待は捨てるんだとナランチャは首を振って俯いた。
余計な事をすれば、運命が変わってしまうかもしれない。
フーゴを見つけても、知らぬ顔をして、ブチャラティの所に連れて行ってもらうのだ。

ナランチャは少年院の中で、フーゴとの再会を繰り返し想像した。


◆◇◆◇◆


年の暮れになり、ナランチャは少年院から出れる事になった。
今年一番の寒さだ。
吐く息が白いが、満足に着るものもない。
街の方へ戻ると、すぐにヒソヒソと噂話が聞こえてくる。

――あの薄汚い子の目、病気かしら。包帯しているもの。
――噂で聞いたわ。親から移されたのよ。
――近寄ると病気が移りそう。あっちに行きましょう。

溜息も出なかった。
虚ろな瞳でその情景を見つめる。
(どうせ俺は汚ねぇよ・・・)
ナランチャは心の中で呟くと、自分が前の世界でどう行動したのか確認する。
(俺は地元から少しでも離れたくて、歩いて遠くに行こうと思ったんだ)
確かここから2週間だ。
空腹に耐えかねて、とあるレストランの残飯を食い漁るのは。
だから何も食べてはいけないし、家に帰ってもいけない。
ナランチャはぽつぽつと降り出してきた雨も凌がず、ひたすら歩き続けた。







空腹でめまいがして来る。
時々目の前が霞んだ。
あれからどれくらいの日が流れたのか、意識が朦朧として数えられなかった。
膿んだ目蓋が痒いが、もう掻き毟る気力も無い。

(俺・・・このまま死ぬのかな)

ぼんやりとそんな考えが浮かんだ。
フーゴにも会えず、ブチャラティにも会えず、この世界では一人で死んで行く運命なのかもしれない。
よろけながら立ち上がり、ふらふらと足を進めた。
目的地などなかったが、壁伝いに歩いた。
見えている方の片目も、段々視界がぼやけて来る。
するとガンッと足元に何か当たり、立ち止まった。
業務用のポリバケツだった。
フタが開いているようで、中に廃棄されたスパゲティの残りが入っている。
腐っているのかどうか、考える力は残っていない。
ナランチャは手づかみで残飯を口元に運んだ。
食べているのに、気持ち悪くて吐きそうだった。

不意に、背後に人の気配を感じて、ゆっくりと振り返った。
逆光であったし目は霞んでいるが、間違いない。

フーゴだった。

ナランチャは持っていた残飯をぼたぼたと落とした。
夢でも見ているんだろうか。
金と銀の混ざったような綺麗な髪。
ふざけて指を突っ込むと怒られた穴のあいたスーツ。
誕生日に、その片方だけくれたイチゴのピアス。
何も変わっていなくて、泣き叫びそうになる。
だがここは耐えなければいけない所だ。フーゴを知っている素振りを見せてはならない。

しかし、違和感がある。
フーゴが突っ立ったまま、何も喋り掛けてこない。
確か前の世界ではすぐに、そんなモノを食うなと言って来たはずなのに。

運命を変えてはならない。
何度も繰り返し心に誓った事だ。
早く声をかけてくれ。
何をぐずぐずしているんだ。
早くしないと、大声でお前の名前を呼んじまいそうなんだ。

ナランチャは涙を浮かべて眉を寄せ、口を開いた。
その瞬間。

「ナランチャ・・・!」

フーゴがそう叫んで近寄って来た。
腕を広げて側まで来て、強くナランチャを抱きしめる。

「会いたかった・・・!」

何が起こっているのか、ナランチャには理解できなかった。
ただフーゴに会えて名前を呼ばれた事が嬉しくて、抱き締められている事に安心して、ナランチャはその場で泣き崩れた。
膝の折れたナランチャを抱き留めながら、フーゴも地面に膝をつく。
頬に手を差し込み、お互いの顔を見入るように見つめた。
瞬きすらできなかった。
「フーゴ・・・、なんで・・・っ」
詰まりながら尋ねると、フーゴはもう一度強くナランチャを抱きしめ、そして顔を離した。
「すべては後だ。今は君をブチャラティの所に連れて行かなきゃならない」
そう言って立ち上がると、ナランチャの腕を掴んで歩き出し、路地裏から出た。

レストランに入ると、テーブルの前にブチャラティが座っていた。
懐かしさがこみ上げ、今すぐにも駆け寄って行きたい気持ちでいっぱいになる。
それを察したのか、フーゴがナランチャの肩を掴むと、食事を取らせるように促した。
どうやらブチャラティは、ナランチャを覚えては居ないようだ。
席に座りながら、あまり不審な行動をしてはいけないと分かりつつも、ブチャラティの方をちらちらと見てしまう。
差し出されたスパゲティは、前と同じポルチーニ茸のクリームパスタだ。
ゆっくりと食べていると、ブチャラティは「フーゴ」と名前を呼ぶ。
フーゴは一つ頷き、外に出て行った。
確かタクシーを手配しに行ったのだ。
自分は何も言わなかったはず。
そう思ってナランチャは押し黙っていた。
しばらくするとブチャラティは立ち上がり、会計を済ませると
「病院に行こう」
とナランチャを店の外へと促した。
すぐ傍らで、ブチャラティが立っている。
何も喋らないけど、笑わないけど、最初から心が優しい人だという事くらい分かっていた。
ナランチャは滲んで来た涙を拭うように、目を擦った。
「あまり触るな」
ブチャラティは穏やかな口調で言い、ナランチャの手を止めさせる。
その声にまた涙が出そうだった。

路上に出ると、フーゴがタクシーを止めて待っている。
近くまで行き、車のドアを開けたフーゴに目線を向けた。
手を伸ばしそうになったが、フーゴは小さく首を振った。
必ずまた会える。
そう言い聞かせるような瞳だった。




病気が治り退院したが、パッショーネの入団試験を受けるためにまた家を出た。
試験を無事に通過し、ブチャラティとの再会を果たす。
しかしナランチャを見てブチャラティは、頭ごなしにいきなり怒鳴りつけて来た。
「このガキが!なんでギャングなんかに・・・!クソ・・・ッ!」
びりびりと怒声が耳に響く。
ブチャラティに怒られると、勇気がわいて来る。
自分のためを思って怒ってくれているからだ。
前の世界では急に怒られて萎縮したのだが、ナランチャはどうしても伝えたい事があって口を開く。
「今まで・・・人に流されて生きてきた・・・。自分で決めるのが怖かったんだ・・・。でも、初めて自分の意志でこうしたいって思う事ができたんだ」
ナランチャはブチャラティを見上げると、目線をしっかり合わせて言った。
「それがあんたの下で働くことだよ。ブチャラティ」
ブチャラティは目を開き、しばらく押し黙ってしまう。
やがて折れたようにため息をつくと、
「ついて来い」
と言って背を向けた。

着いた先は、もはや見慣れた我が家も同然のアジトだった。
一階がレストランで、食事の時間だけ料理人がやって来て食事を作ってくれるのだ。
二階が寝室である。
人数分の部屋はあるが、みんな他に家を持っているので、帰れなくなった時に使う事が多かった。
ナランチャは着の身着のままでここへやって来たので、お金が溜まるまではしばらくアジトで過ごしていたのだ。
室内に入ると、ナランチャはぺたぺたと壁を触る。
昔フーゴとケンカをして壊れた壁は、今はまだ綺麗なままだった。
「ギルガ」
不意に呼びかけられ、声のする方を見上げると、ブチャラティが階段の途中で手を上げていた。
後を追って階段を上がる。
「名前でいいですよ、ブチャラティ」
「そうか。ではナランチャ。」
久しぶりに、いや前の世界ぶりに名前を呼ばれて、ナランチャは言葉にならいほど嬉しかった。
「お前の寝室は用意してある。ベッドと棚しかないような部屋だから、必要な物があったら言ってくれ。好きに使っていいが、ドラッグは禁止だ」
「酒と煙草はいいの?」
「酒はそんなに飲まなきゃな。煙草はやめておけ。大きくなりたいだろう」
からかって言っているのかと普通なら思うだろうが、ブチャラティはそう言う事を真面目に言う人間だ。
話しながら階段を上がり終え、廊下を少し歩いて、真ん中の部屋の前の扉を開ける。
ブチャラティの言った通り、本当にベッドと棚しかない簡素な部屋だ。
しかし清潔だった。それだけで十分だ。
ブチャラティは部屋の中に入り、窓を開けて空気を入れ替えた。
棚の中に入っている引き出しの鍵を取り出し、ナランチャに手渡す。
「俺はもう出なきゃならないから、後の事はフーゴに聞け。そろそろ戻ってくると思うんだが。ああ、覚えているか?レストランでお前を拾った」
「もちろん!もちろん覚えてるよ・・・ブチャラティ・・・」
ナランチャは思わず、言葉を被せるように言ってしまう。
「そうか」
ブチャラティは小さく頷くと、出かけてくると言って部屋を出て行った。
ナランチャはぽつんと一人で室内の中央に立ち、周囲を見回す。
「ホントに帰って来たんだなぁ・・・」
物心ついた時に前の世界の事を思い出してから、ここに至るまで、実に五年の道のりだった。
気が遠くなるような五年間だった。
ナランチャは窓の方へ近寄り、そこから見える景色を眺めた。
するとカチャ、と扉の開く音が聞こえ、背後を振り返る。
そこにはフーゴが居た。
お互い緩やかに数歩近寄り、手が触れる距離になると腕を伸ばして強く抱き締め合った。
そのまま何も喋らず、フーゴに顔を押し付け、存在を確認するように回した腕に力をこめる。
どれ位の間そうしていたか分からないが、少し体を離すと、額を合わせた。
「五年も待ったよ・・・」
ナランチャが搾り出すような声で言うと、フーゴは突然肩をがしっと強く掴んだ。
「五年・・・?」
その問いにナランチャは首を傾げる。
「フーゴを思い出したのが、十歳の時だったんだ。だから五年・・・」
フーゴは盛大な溜息をついて、やれやれと首を振る。
眉間に皺を寄せながら、もう一度ナランチャに顔を向けた。
「君が前の世界で死んで僕が死ぬまで、四十年・・・。この世界で君を思い出したのは、僕が六歳の時だ・・・!五十年だ!こっちは五十年間も待ったんだぞ・・・!」
その悲痛な声音に、フーゴの気持ちの重さを知った。
今はまだ頭が追いつかなくて何も言う言葉が見当たらなかったが、胸が苦しくなった。
やがて腕の力が少しだけ緩むと、フーゴは

「・・・お帰り、ナランチャ」

と言って微笑んだ。
ナランチャもようやく笑顔を見せて、ただいま、と涙交じりの声で返事をした。




これまでの出来事をフーゴから聞き、大体自分と同じような境遇で生きて来た事を知った。
ベッドの上に座り色々と話した後、ナランチャは、うーんと唸る。
「でもさァ~~、こう言う事話してていいのかな?だって前の世界では、最初から俺らこんな関係じゃないんだしよ」
「恐らく、どうすればいいのか迷った時、って言うが一つの判断基準だと思いますね。例えば僕だったら、大学に入るか悩んだ結果、前の世界では入った。この世界でもそうしました。そうやって運命の岐路に立たされた時、同じ選択をすればいいんだと思います」
ナランチャは納得したように頷いたが、フーゴはこうも続ける。
「しかしね、多分それをこの先も続ける事はできないよ。僕らがパッショーネに入った後、盛大に迷った事はなんですか?」
「盛大に迷った事・・・?・・・あ、そうか」
やや言いづらそうにナランチャが口ごもる。
「そうです、ここから約二年後。運命の別れ道だ。君はボートに乗り、僕は乗らなかった」
あの場所で全てが変わってしまった。
楽しい日々に終わりを告げ、ナランチャはその後まもなく死を迎えたのだ。
「今から言っておくけど、今度は僕もボートに乗ります」
ナランチャはごくりと唾を飲み込んだ。
「で、でもよォ、それじゃあ運命変わっちまうんだぞ?お前死んじゃうかもしれないんだぞ・・・?」
「そうかもね。でも前と同じように君を死なせても意味はないし、今度はボスの能力を知っている。勝てると思ってますよ」
「そっか!ボスだけじゃなくて、暗殺チーム全員の能力も分かってるんだもんな」
こちら側が圧倒的に有利な事に気付き、希望が湧いて来る。
あの船つき乗り場で、あえて同じ選択をする必要などないのだ。
「よし!なんかようやく気分が明るくなって来たぜ~ッ!」
拳を握り瞳を輝かせると、フーゴがナランチャを抱き寄せながら横槍を入れて来た。
「まぁ二人で死ぬかもしれないですけど」
「おいおい、お前なァ・・・」
「ただ僕は、ひと目でいいから君に会いたかった」
フーゴはナランチャの腰に手を回し、甘えるように首元に鼻を擦り付けた。

「それが叶ったんだから、ほんとは明日死んだって構わないんだ」

ナランチャの肩に、フーゴの髪がさらりと流れた。
目蓋を閉ざした顔は少し疲れているようにも見える。
頭脳明晰な分、ナランチャには及びもつかないくらい、様々な事を考えここまで来たのだろう。
ナランチャはフーゴの整った鼻筋にキスをすると、元気な声で話しかけた。

「フーゴ!この世界では一緒にじーさんになろうぜ!」

その言葉に、思わずフーゴはふき出して小さく笑った。
「君が年を取るなんて想像つかないな」
ナランチャはがしがしと後頭部を掻く。
「あー前の世界では十七で終わっちまったもんな~。フーゴは何歳まで生きたんだ?」
「僕は五十六歳でした」
「へー老けたフーゴ見たかったな」
「見たって楽しい事なんか無いですよ」
「そうかなぁ。ほんとに見たかったよ。きっとお前、五十になってもイライラしてたんだろうなァ」
実際には、イライラと言うより、生涯パッショーネに身を置いて慎ましく生き、最後は抗争に巻き込まれて死んだのだ。
ただ今はそんな事を言う気にはなれず、僅かに口角を上げた。
どうせこの先、いくらでも話す事ができる。

「この世界では、きっと見れますよ」

フーゴはそう言ってナランチャに軽く口付けると、やわらかく微笑んだ。
変わらない笑顔に、ナランチャは涙が滲みそうになったが、歯をかみしめて我慢した。
例え一瞬でも、涙でフーゴの見えない世界を作りたくなかった。
その代わりにナランチャは、フーゴに強く抱き付いた。

二度目の世界の空の下で。






<END>


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